この発言は某日本人解説者のオリジナルではなかったのか!
「テヘラン、25時」中、集合住宅の一室でTV観戦している男性(監督自身なのか?声だけで姿は見せない)が、その試合のロスタイムが6分経過したところで呻くように発した言葉だ。
それは1997年11月29日土曜日、1998年ワールドカップ(フランス大会)出場をかけての大陸間プレイオフ対オーストラリア戦でのことだ。
(結局この試合のロスタイムは8分余りにもなった)
イランはこれに先立つプレイオフ第1戦(ホーム)では1-1で引き分けてしまい、この試合は2点先攻されて絶体絶命に・・・。
ここからの試合経過についてはこちらの動画(コメントが入っていて観辛いのですが)をご覧になっていただくとして(註:大変ドラマチックで感動的です、イランサイドで観ると)省略する。
僅か10分ほどで、イランはバゲリとアジジのゴールで追いつく。
これでアウェイゴールルールにより(この予選からの適用だった)、このまま試合が終わればイランが本大会出場を勝ち取ることになるのですが、「早く終われ~!」と願うも、これが長い、長い、長い…。
「ふざけたロスタイムだ!」
(この試合が行われたのは目安に時間表示がされるようになる前なのだった。)
ゴールネットが外れるというアクシデントがあったので、長いだろうとは考えられただろうけれど。
この映画の字幕を担当したのはショーレ・ゴルパリアンさんであり、ペルシャ語で実際にどう言ったのかは確認していないが、そんなに原語から離れた日本語訳はしていないだろうと思う。
(彼女は特にサッカーが好きでも詳しくもないけれど、日本で上映されるイランやアフガニスタンの映画の翻訳をほぼ一手に引き受けており、当然サッカー映画の数々も手掛けている。)
15年前、チーム・メッリファンのこの悲鳴を記録していたドキュメンタリーフィルムは、続いてテヘランの町に繰り出し、歓喜に沸く人々の様子をただただ映し出す。
改めて驚いたのは、犬を飼っている人が堂々と出ていたこと。
この年の8月にハータミーが大統領に就任し、「テヘランの春」が始まりつつあった、ということも思い出す。
「オフサイド・ガールズ」の終盤、2006年ワールドカップ(ドイツ大会)出場を決め、祝賀ムード一色の町の実写も、このドキュメンタリーと何ら変わることはないが、このときはハータミーの第2期末期であった、ということも思い起こされる。
バゲリ、ダエイ、アジジ、マハダヴィキアが輝いていた。
フェリデーン、君はどこへ行ったの?
いずれにせよ、本大会出場決定でこれだけ皆で無条件に祝えるっていいなあ。
何度観てもいい。
幸せになれる。
ただ、選手らを見ても、ルール上からも、時代設定からも、これがもう過去の話だと思い知らされるのが、おもろうてやがてかなしきの心境になってしまうゆえんだ。
(現在のイランでは、本来こんなにもサッカー好きなはずの彼らが「サッカーどころではない」状況になってしまっているのが、傍から見ていて辛い、とても悲しい。)
「テヘラン、25時」“Tehran: Sa'at-e Bist-o Panj ”
セイフラー・サマディアン監督イラン2009年
2012年2月26日日曜日
2012年1月22日日曜日
おかしなおかしなスペシャルマッチ(仮題)
積み木風の人形(箱にフットボリストと書いてある)チームとキューピーみたいな人形(兄弟?)チームによるドリームマッチ。
PKが凄い。
上映時間は20分間ですが、あちらの催し事の常として、試合が始まるまでの前ふりは長いです。
ごゆっくりお楽しみください。
Необыкновенный матч
(直訳すると「異色の試合」)
Мстислав Пащенко
ムスチスラフ・パシチェンコ
Борис Дежкин
ボリス・ジェジキン
1955年
古き良き時代のソヴィエトアニメーションの典型。
画が美しい。
ウラジーミル・タラーソフ監督の「記念日」(1983年制作:アニメーション誕生100年を記念し、“ソヴィエトムリトフィルム創立1000年を祝う上映会”をしている宇宙船の中に、宇宙人たち?が乗り込んできて…という設定で展開する、素敵なアニメ。“記念上映”に過去のソヴィエトアニメの名作が惜しみなく挿入されています。最後はチェブラーシカが宇宙を救います。)中、「イワンの仔馬」と「雪の女王」の間に一瞬現れます。
サッカー選手たちがあんまり強くないぞ。
「グラン・マスクの男」並にせこい手を繰り出すのだが…。
ボリス・ジェジキンには、「フットボールの星」Футбольные звёзды(1974年)という作品もあります。
おまけ
「動物たちのサッカー」
ユーロ2008のころ放映されたみたいですね。
PKが凄い。
上映時間は20分間ですが、あちらの催し事の常として、試合が始まるまでの前ふりは長いです。
ごゆっくりお楽しみください。
Необыкновенный матч
(直訳すると「異色の試合」)
Мстислав Пащенко
ムスチスラフ・パシチェンコ
Борис Дежкин
ボリス・ジェジキン
1955年
画が美しい。
ウラジーミル・タラーソフ監督の「記念日」(1983年制作:アニメーション誕生100年を記念し、“ソヴィエトムリトフィルム創立1000年を祝う上映会”をしている宇宙船の中に、宇宙人たち?が乗り込んできて…という設定で展開する、素敵なアニメ。“記念上映”に過去のソヴィエトアニメの名作が惜しみなく挿入されています。最後はチェブラーシカが宇宙を救います。)中、「イワンの仔馬」と「雪の女王」の間に一瞬現れます。
サッカー選手たちがあんまり強くないぞ。
「グラン・マスクの男」並にせこい手を繰り出すのだが…。
ボリス・ジェジキンには、「フットボールの星」Футбольные звёзды(1974年)という作品もあります。
おまけ
「動物たちのサッカー」
ユーロ2008のころ放映されたみたいですね。
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ソ連
2012年1月15日日曜日
一部屋半 あるいは祖国への感傷旅行
少年は後に詩人となってレニングラードをうたう。
徒食の罪で刑事事件の被告人となる。
ノーベル文学賞を受賞する。
亡命する。
そして二度と故郷レニングラードには戻らない。
そんな詩人の魂がかの地に帰郷したとして、ソ連~ロシアアニメーションの大御所アンドレイ・フルジャノフスキーが、ヨシフ・ブロツキーへのオマージュを捧げたひたすらに美しく哀しく愛しい作品。
「一部屋半 あるいは祖国への感傷旅行」
ヨシフは父と散歩に出かける。
スタジアム。
サッカー観戦。
ヨシフの独白
「サッカーは人気スポーツだった。その地区・職場のクラブが負けると翌日の生産性は大いに低下した。皆でゲームについて議論することになったからだ」
(みたいなことだったと思います。正確ではありません。)
「でもその日はスタジアムには行かなかった」
ヨシフ少年が父に連れられて向かったのはカフェ。
常連客のおじさんに向かって父は話しかける。
「スコアはどうでしたか?」
作曲家であるその人への挨拶は、実際そうと決まっていたらしい(ユリヤ・ソンツェヴァの伝記による)。
日本語にすると一見楽譜のことを尋ねているようだけれど、サッカー好きのその人への挨拶としては「ディナモ・レニングラードの試合はどうだったの?」を意味する。
ディナモ・レニングラード、現在はもちろんディナモ・サンクト=ペテルブルグだが、2010年のシーズンは一部リーグまで上がってきていたのだけれど、残念ながら1シーズン限りで二部落ちしてしまい、二部の成績まではさすがにチェックしていない…と今調べたら、なんと二部の西北地区ではなくて、アマチュアリーグになっていた。侘しい話だ。
今をときめくゼニットは、この町がレニングラードであった時分には「世界一弱いチーム」と呼ばれていたそうで(←今日聞いた話)、作曲家が本職とサッカー観戦に勤しんでいた当時はゼニットとディナモは実力は拮抗していたようで、この前日の対戦は作曲家が答えたところによると、1-2とやらでディナモはゼニットに敗れたのだ。
ここで名前が挙げられるイヴァノフは、昨年亡くなったワールドカップ得点王のあのイヴァノフさんではないかもしれない。
(あのイヴァノフさんはトルペド・モスクワの選手だった。)
↑
2回目に観たところ、イヴァノフではなくて、イリ・・・???という名前でした。
ヨシフの父は「あれが誰だかわかるか?」と尋ねるが、ヨシフは正解を言えない。
(「カヴァレフスキー?」とか言うのだ、確か。←記憶はかなり不正確)
↑
カヴァレフスキーではなくて、レで始まる名前でした。
ドミトリー・ドミトリエヴィチだよとを言われて、家に帰って母に伝えるが、あの偉大な作曲家だとは伝わらず、警官の名前だと勘違いされたり。
それでも、ヨシフは故郷の町を追憶する時、あのドミトリー・ドミトリエヴィチとともに、彼が愛したサッカーチーム、ディナモ・レニングラードを、ペトロフスキースタジアム(今は亡きキーロフスタジアムかも)を想起する。
はかなく美しいこの作品中サッカーについて語られるのはこの箇所のみ。
この作品の前につくられた「ひと猫半」«Полторы комнаты»は未見なので、サッカーが語られているかどうかは不明。
ディナモ・レニングラード
レニングラード
ドミトリー・ドミトリエヴィチ
ピアノ
ヨシフ・ヴィサリオノヴィチの胸像
愛猫
一部屋半のコムナルカ
今は亡き風景への憧憬は、何の関わりのない他人が観ても、なぜにこんなに美しいのだろう。
Полторы комнаты, или Сентиментальное путешествие на родину
「一部屋半 あるいは祖国への感傷旅行」
アンドレイ・フルジャノフスキー監督2008年ロシア
徒食の罪で刑事事件の被告人となる。
ノーベル文学賞を受賞する。
亡命する。
そして二度と故郷レニングラードには戻らない。
そんな詩人の魂がかの地に帰郷したとして、ソ連~ロシアアニメーションの大御所アンドレイ・フルジャノフスキーが、ヨシフ・ブロツキーへのオマージュを捧げたひたすらに美しく哀しく愛しい作品。
「一部屋半 あるいは祖国への感傷旅行」
ヨシフは父と散歩に出かける。
スタジアム。
サッカー観戦。
ヨシフの独白
「サッカーは人気スポーツだった。その地区・職場のクラブが負けると翌日の生産性は大いに低下した。皆でゲームについて議論することになったからだ」
(みたいなことだったと思います。正確ではありません。)
「でもその日はスタジアムには行かなかった」
ヨシフ少年が父に連れられて向かったのはカフェ。
常連客のおじさんに向かって父は話しかける。
「スコアはどうでしたか?」
作曲家であるその人への挨拶は、実際そうと決まっていたらしい(ユリヤ・ソンツェヴァの伝記による)。
日本語にすると一見楽譜のことを尋ねているようだけれど、サッカー好きのその人への挨拶としては「ディナモ・レニングラードの試合はどうだったの?」を意味する。
ディナモ・レニングラード、現在はもちろんディナモ・サンクト=ペテルブルグだが、2010年のシーズンは一部リーグまで上がってきていたのだけれど、残念ながら1シーズン限りで二部落ちしてしまい、二部の成績まではさすがにチェックしていない…と今調べたら、なんと二部の西北地区ではなくて、アマチュアリーグになっていた。侘しい話だ。
今をときめくゼニットは、この町がレニングラードであった時分には「世界一弱いチーム」と呼ばれていたそうで(←今日聞いた話)、作曲家が本職とサッカー観戦に勤しんでいた当時はゼニットとディナモは実力は拮抗していたようで、この前日の対戦は作曲家が答えたところによると、1-2とやらでディナモはゼニットに敗れたのだ。
ここで名前が挙げられるイヴァノフは、昨年亡くなったワールドカップ得点王のあのイヴァノフさんではないかもしれない。
(あのイヴァノフさんはトルペド・モスクワの選手だった。)
↑
2回目に観たところ、イヴァノフではなくて、イリ・・・???という名前でした。
ヨシフの父は「あれが誰だかわかるか?」と尋ねるが、ヨシフは正解を言えない。
(「カヴァレフスキー?」とか言うのだ、確か。←記憶はかなり不正確)
↑
カヴァレフスキーではなくて、レで始まる名前でした。
ドミトリー・ドミトリエヴィチだよとを言われて、家に帰って母に伝えるが、あの偉大な作曲家だとは伝わらず、警官の名前だと勘違いされたり。
それでも、ヨシフは故郷の町を追憶する時、あのドミトリー・ドミトリエヴィチとともに、彼が愛したサッカーチーム、ディナモ・レニングラードを、ペトロフスキースタジアム(今は亡きキーロフスタジアムかも)を想起する。
はかなく美しいこの作品中サッカーについて語られるのはこの箇所のみ。
この作品の前につくられた「ひと猫半」«Полторы комнаты»は未見なので、サッカーが語られているかどうかは不明。
ディナモ・レニングラード
レニングラード
ドミトリー・ドミトリエヴィチ
ピアノ
ヨシフ・ヴィサリオノヴィチの胸像
愛猫
一部屋半のコムナルカ
今は亡き風景への憧憬は、何の関わりのない他人が観ても、なぜにこんなに美しいのだろう。
Полторы комнаты, или Сентиментальное путешествие на родину
「一部屋半 あるいは祖国への感傷旅行」
アンドレイ・フルジャノフスキー監督2008年ロシア
«Полторы комнаты»
2012年1月9日月曜日
TESE
東アジアのサッカーには極めて疎い私は、このドキュメンタリー映画の主人公である、鄭大世(チョン・テセ)という選手のことは知りませんでした。
なんか名前は聞いたことがあるな、程度。
彼は日本で生まれ育った在日三世のコリアン。
韓国籍。
映画には一切出てこない父親は韓国籍で、おそらくほぼ日本に同化していて、彼にも日本の教育を受けさせたいと願っていたとのこと。
しかし、彼の母方は朝鮮籍で、母親は「きちんとした“民族教育”を」と強く願い、父親とは大喧嘩した末、強引に朝鮮学校に入れる。
彼は学生時代から際立って優秀なサッカー選手だったらしく(家庭用八ミリフィルムなどかなり幼い頃からの映像が残っているのだ)、Jリーグは川崎フロンターレで活躍し、現在はボーフム(ドイツ)でプレイ。
この“民族教育”がどういうものか、私は知らなかったし、実のところあまり関心も持っていなかったのです。
むむむ。これは…。
民族教育というより個人崇拝強要のようなんですが。
戦前日本の“御真影”崇拝の図にやたら似ているような。
ソ連・ロシア映画でスターリンの大肖像画なんぞが出てくると、そこは笑う場面です、という癖がついていたのですが、どうもそこでくすりとしてはいけなかったみたい。
彼のお母様の推奨する“民族教育”は、かくも強烈な印象を与えました。
ただ、そういう教育が行われていたとしても、人間というものは、教育する側の思い通りの人間に全員が育つことは絶対にないわけです。
彼にしても、おそらくお母様が望むとおりのがちがちの国家主義者には育っていないようです。
彼の国籍は韓国であり、日本で生まれ育ちJリーグで活躍していたことで日本への国籍変更することも不可能ではなかったので、韓国代表にも日本代表にもなれた(実力的にはクリアできていたようです)はずですが、鄭大世(チョン・テセ)選手、幾多の困難が控えていることを承知の上で代表は母の祖国である北朝鮮を選択します。
このあたりまでは、例えばフロンターレファンの人など、普段からJリーグを観ている人には周知のことだったでしょう。
北朝鮮代表にはなったものの、現地育ちの選手たちとすっきり打ち解けることはありません。
背負っているものがそれぞれ違います。
同室は日本育ち北朝鮮籍のアン・ヨンハ(安英学)選手。
この人のことも名前しか知らなかったのですが、素晴らしく美しい選手ですね。
この選手は物静かに隣にいただけなので、多くを語りませんでしたが、鄭大世選手とはまた似て非なるバックボーンを背負っているはずで、この人の言葉も聞きたいと、欲張りながら考えました。
さんざん悩み、壁にぶち当たり、それでも前に進んでいる様子が、ナレーションもなく淡々とした映像で語られています。
北朝鮮代表のロッカールームやバスの中など割と秘蔵映像が多いです。
TESE:姜成明監督2011年日本
公式サイト:http://chongtese.net/
★この作品はYFFF2012ヨコハマ・フットボール映画祭(2/24-26 黄金町・ジャック&ベティ)で上映されるそうです。
なんか名前は聞いたことがあるな、程度。
彼は日本で生まれ育った在日三世のコリアン。
韓国籍。
映画には一切出てこない父親は韓国籍で、おそらくほぼ日本に同化していて、彼にも日本の教育を受けさせたいと願っていたとのこと。
しかし、彼の母方は朝鮮籍で、母親は「きちんとした“民族教育”を」と強く願い、父親とは大喧嘩した末、強引に朝鮮学校に入れる。
彼は学生時代から際立って優秀なサッカー選手だったらしく(家庭用八ミリフィルムなどかなり幼い頃からの映像が残っているのだ)、Jリーグは川崎フロンターレで活躍し、現在はボーフム(ドイツ)でプレイ。
この“民族教育”がどういうものか、私は知らなかったし、実のところあまり関心も持っていなかったのです。
むむむ。これは…。
民族教育というより個人崇拝強要のようなんですが。
戦前日本の“御真影”崇拝の図にやたら似ているような。
ソ連・ロシア映画でスターリンの大肖像画なんぞが出てくると、そこは笑う場面です、という癖がついていたのですが、どうもそこでくすりとしてはいけなかったみたい。
彼のお母様の推奨する“民族教育”は、かくも強烈な印象を与えました。
ただ、そういう教育が行われていたとしても、人間というものは、教育する側の思い通りの人間に全員が育つことは絶対にないわけです。
彼にしても、おそらくお母様が望むとおりのがちがちの国家主義者には育っていないようです。
彼の国籍は韓国であり、日本で生まれ育ちJリーグで活躍していたことで日本への国籍変更することも不可能ではなかったので、韓国代表にも日本代表にもなれた(実力的にはクリアできていたようです)はずですが、鄭大世(チョン・テセ)選手、幾多の困難が控えていることを承知の上で代表は母の祖国である北朝鮮を選択します。
このあたりまでは、例えばフロンターレファンの人など、普段からJリーグを観ている人には周知のことだったでしょう。
北朝鮮代表にはなったものの、現地育ちの選手たちとすっきり打ち解けることはありません。
背負っているものがそれぞれ違います。
同室は日本育ち北朝鮮籍のアン・ヨンハ(安英学)選手。
この人のことも名前しか知らなかったのですが、素晴らしく美しい選手ですね。
この選手は物静かに隣にいただけなので、多くを語りませんでしたが、鄭大世選手とはまた似て非なるバックボーンを背負っているはずで、この人の言葉も聞きたいと、欲張りながら考えました。
さんざん悩み、壁にぶち当たり、それでも前に進んでいる様子が、ナレーションもなく淡々とした映像で語られています。
北朝鮮代表のロッカールームやバスの中など割と秘蔵映像が多いです。
TESE:姜成明監督2011年日本
公式サイト:http://chongtese.net/
★この作品はYFFF2012ヨコハマ・フットボール映画祭(2/24-26 黄金町・ジャック&ベティ)で上映されるそうです。
2011年9月12日月曜日
ビーチサッカー優勝記念!モンディアリート
実はロシアはビーチサッカーが強かった。
(ビーチサッカーって、いったいどこでトレーニングしているの?)
今回の大会では決勝でブラジルを12-8で破り見事優勝しました。
記事はこちら(動画つき)
おかげで私もしばらく更新していなかったこのサッカー映画レビュー、ひさびさに書く気になりました。
ロシア人がいなければビーチサッカーにはならない?
モンディアリート
2000年の東京国際映画祭で観たスイス映画(フランス・スイスの共同制作)。
1998年フランス大会を背景に、アラブ系の青年ジョルジュと彼の天敵のような少年アブトゥが始めるマルセイユへのロードムービー。
小憎たらしいアブトゥはアラブ系ながらブラジルサッカーのファン。
なお、上映後の質疑応答で
「フランス開催、しかもフランスが優勝したワールドカップを下敷きにしながら、なぜアブトゥをフランスのファンにしなかったのか?それこそジダンとかの…」
という質問に対し、監督曰く
「1999年製作の作品ですが、実際に企画して作り出したのはそれより前のことで、はっきり言ってフランスのサッカーが強いってことを知らなかったんです」
とまあ、この辺から良い意味でも悪い意味でも製作者のいい加減さが垣間見えているかもしれません。
そして、短気でうだつのあがらぬ若者のジョルジュにはサッカーがらみのとある過去があったのでした。
けど、その“過去”は、うーむ、それはないだろう、いくらご都合主義映画の設定でもあり得ないだろう、あまりに安易な思い付きだろう、と言わずにはいられない不自然なそれなのだが。
この二人と同行することになるのは、かなり魅力的なお姉さんルイザと何でも屋のロシア人オレーグ。
この映画はこの二人で救われている、と言って過言ではありません。
アントン・クズネツォフ演じるオレーグは、ジョルジュとアブトゥにさんざん迷惑を被りながら結局は手助けしてくれるお人好し。しかも結構器用だ(何でも屋だから)。
無駄に短気で現状に文句ばかりで無能の主役二人は、オレーグがいなきゃどうにもならない。
ところで、タイトルのモンディアリートは、ビーチサッカー大会のことか、それが開催されている地名のことらしく、「モンディアリート 優勝賞品はマルセイユ(ワールドカップの試合が行われる)への招待券」という看板が彼らの道行くすがらわざとらしく出てくるのです。
それを見て、単純にすっかりその気になる二人。
しかしチームは3人、あと一人は?
で、予想通り都合よく、オレーグ再登場とあいなるわけ。
そしてこれも予想通りだけれど、試合をやっても少年はあんまり役に立たないし、テクニックには自信があるジョルジュも性格に難ありで、唯一まともなオレーグが孤軍奮闘するはめになるのです。
私がこれを鑑賞したのは上記の通り2000年秋のことで、当時はモストヴォイ&カルピンの全盛期ということもあり、「これもギャグか?こんな冷静なロシア人サッカー選手が現実には存在するか?!」と苦笑しつつ観ておりましたよ。
全編サッカー、ワールドカップがキーワードとなっていて、ビーチサッカーの場面もある(クズネツォフさん大活躍)けれど、サッカー映画としては微妙です。
アラブ系の主人公たちの状況は、当時南仏で移民排除の極右勢力が伸びてきた頃だということを踏まえて観るべきでしょう。
でもその描き方は不十分で、すっきりしない。
ラストあたりに出てくるジョルジュの家族は、実際にジョルジュ役のムーサ・マースクリ(脚本も担当)の家族だそうで、監督のニコラ・ヴァディモフともども仲間内で作った映画だという感覚が拭いきれない。
名作とは言えまいが、気楽に観るにはまあまあの一本か(←オレーグさんゆえに大甘評価)。
映画祭上映の後は案の定日本では一般公開はされず、VHSやDVDなどの発売もされていませんが、なぜかNHK教育「シネマ・フロンティア」で2001年に放映されたため、ご覧になった方も多少はいらっしゃるでしょう。
私も録画したので、VHSテープのまま家のどこかにあるはずなのです。
何でも屋オレーグを演じたアントン・クズネトォフさんはこのお方でありましょう。
「モンディアリート」という作品に出演したとは明記してありませんが、90年代からフランスでも活動しているとありますし、こういうお顔だったと思います。
モンディアリート
Mondialito
フランス・スイス (1999年 100分)
監督:ニコラ・ヴァディモフ
キャスト:ムサ・マースクリ/エマ・ドゥ・コーヌ/アントワーヌ・モリーニ/アントン・クズネツォフ/ カルロ・ブラント / エリック・ベレンジェ / ジャン・マリー・コルニユ / サッシャ・ザンコ
2000年東京国際映画祭コンペティション参加作品
(ムサ・マースクリは優秀主演男優賞を受賞)
(ビーチサッカーって、いったいどこでトレーニングしているの?)
今回の大会では決勝でブラジルを12-8で破り見事優勝しました。
記事はこちら(動画つき)
おかげで私もしばらく更新していなかったこのサッカー映画レビュー、ひさびさに書く気になりました。
ロシア人がいなければビーチサッカーにはならない?
モンディアリート
2000年の東京国際映画祭で観たスイス映画(フランス・スイスの共同制作)。
1998年フランス大会を背景に、アラブ系の青年ジョルジュと彼の天敵のような少年アブトゥが始めるマルセイユへのロードムービー。
小憎たらしいアブトゥはアラブ系ながらブラジルサッカーのファン。
なお、上映後の質疑応答で
「フランス開催、しかもフランスが優勝したワールドカップを下敷きにしながら、なぜアブトゥをフランスのファンにしなかったのか?それこそジダンとかの…」
という質問に対し、監督曰く
「1999年製作の作品ですが、実際に企画して作り出したのはそれより前のことで、はっきり言ってフランスのサッカーが強いってことを知らなかったんです」
とまあ、この辺から良い意味でも悪い意味でも製作者のいい加減さが垣間見えているかもしれません。
そして、短気でうだつのあがらぬ若者のジョルジュにはサッカーがらみのとある過去があったのでした。
けど、その“過去”は、うーむ、それはないだろう、いくらご都合主義映画の設定でもあり得ないだろう、あまりに安易な思い付きだろう、と言わずにはいられない不自然なそれなのだが。
この二人と同行することになるのは、かなり魅力的なお姉さんルイザと何でも屋のロシア人オレーグ。
この映画はこの二人で救われている、と言って過言ではありません。
アントン・クズネツォフ演じるオレーグは、ジョルジュとアブトゥにさんざん迷惑を被りながら結局は手助けしてくれるお人好し。しかも結構器用だ(何でも屋だから)。
無駄に短気で現状に文句ばかりで無能の主役二人は、オレーグがいなきゃどうにもならない。
ところで、タイトルのモンディアリートは、ビーチサッカー大会のことか、それが開催されている地名のことらしく、「モンディアリート 優勝賞品はマルセイユ(ワールドカップの試合が行われる)への招待券」という看板が彼らの道行くすがらわざとらしく出てくるのです。
それを見て、単純にすっかりその気になる二人。
しかしチームは3人、あと一人は?
で、予想通り都合よく、オレーグ再登場とあいなるわけ。
そしてこれも予想通りだけれど、試合をやっても少年はあんまり役に立たないし、テクニックには自信があるジョルジュも性格に難ありで、唯一まともなオレーグが孤軍奮闘するはめになるのです。
私がこれを鑑賞したのは上記の通り2000年秋のことで、当時はモストヴォイ&カルピンの全盛期ということもあり、「これもギャグか?こんな冷静なロシア人サッカー選手が現実には存在するか?!」と苦笑しつつ観ておりましたよ。
全編サッカー、ワールドカップがキーワードとなっていて、ビーチサッカーの場面もある(クズネツォフさん大活躍)けれど、サッカー映画としては微妙です。
アラブ系の主人公たちの状況は、当時南仏で移民排除の極右勢力が伸びてきた頃だということを踏まえて観るべきでしょう。
でもその描き方は不十分で、すっきりしない。
ラストあたりに出てくるジョルジュの家族は、実際にジョルジュ役のムーサ・マースクリ(脚本も担当)の家族だそうで、監督のニコラ・ヴァディモフともども仲間内で作った映画だという感覚が拭いきれない。
名作とは言えまいが、気楽に観るにはまあまあの一本か(←オレーグさんゆえに大甘評価)。
映画祭上映の後は案の定日本では一般公開はされず、VHSやDVDなどの発売もされていませんが、なぜかNHK教育「シネマ・フロンティア」で2001年に放映されたため、ご覧になった方も多少はいらっしゃるでしょう。
私も録画したので、VHSテープのまま家のどこかにあるはずなのです。
何でも屋オレーグを演じたアントン・クズネトォフさんはこのお方でありましょう。
「モンディアリート」という作品に出演したとは明記してありませんが、90年代からフランスでも活動しているとありますし、こういうお顔だったと思います。
モンディアリート
Mondialito
フランス・スイス (1999年 100分)
監督:ニコラ・ヴァディモフ
キャスト:ムサ・マースクリ/エマ・ドゥ・コーヌ/アントワーヌ・モリーニ/アントン・クズネツォフ/ カルロ・ブラント / エリック・ベレンジェ / ジャン・マリー・コルニユ / サッシャ・ザンコ
2000年東京国際映画祭コンペティション参加作品
(ムサ・マースクリは優秀主演男優賞を受賞)
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スイス
2011年7月23日土曜日
Wartime Wanderers
デイヴィッド・ホイットニー監督作品。
これから制作され、2012年夏公開予定(英国で)。
1939年、つまり第二次世界大戦時のボルトン・ワンダラーズの選手ら15人の実話に基づく同名の書籍の映画化。
クラブごと軍隊に組み込まれたということでしょうか。※
Wartime Wanderers film to tell true story of Bolton heroes
実話というので、あちらの人にはどんな結果が待っているのかわかってしまっているのか?
戦争映画でもあるが、皆さん結構無事なので、ディナモ・キエフの悲劇などとは違うのだ。
ボルトンは2005年に来日した時、等々力に川崎フロンターレとの試合を観に行きました。
日本人スター選手獲得前のことで、サッカーファンの知人にも「渋い試合観に行きましたねー」と言われたものだった。
※ある選手の愛国スピーチに導かれて、皆で従軍することになったということです。
日本公開予定や原作本の翻訳予定等については不知(未定?)
詳細がわかったら補足します。
Wartime Wanderers
これから制作され、2012年夏公開予定(英国で)。
1939年、つまり第二次世界大戦時のボルトン・ワンダラーズの選手ら15人の実話に基づく同名の書籍の映画化。
クラブごと軍隊に組み込まれたということでしょうか。※
Wartime Wanderers film to tell true story of Bolton heroes
実話というので、あちらの人にはどんな結果が待っているのかわかってしまっているのか?
戦争映画でもあるが、皆さん結構無事なので、ディナモ・キエフの悲劇などとは違うのだ。
ボルトンは2005年に来日した時、等々力に川崎フロンターレとの試合を観に行きました。
日本人スター選手獲得前のことで、サッカーファンの知人にも「渋い試合観に行きましたねー」と言われたものだった。
※ある選手の愛国スピーチに導かれて、皆で従軍することになったということです。
日本公開予定や原作本の翻訳予定等については不知(未定?)
詳細がわかったら補足します。
Wartime Wanderers
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イングランド
2011年6月26日日曜日
SUPER 8でウンザ・ウンザ・タイムを満喫
ユーゴスラヴィア!
ユー、ゴ、スラ、ヴィヤ!
ユー、ゴ、スラ、ヴィヤ!
ユー、ゴ、スラ、ヴィヤ!
サッカーのレプリカユニを着てコンサートに臨むミュージシャンはよくいるのでは?
母が大好きなロッド・スチュアートとか。
エミール・クストリッツァは映画監督ですが、この映画では1ミュージシャンということになっています。
ノー・スモーキング・オーケストラというバンドにギタリストということに。
この映画、ノー・スモーキング・オーケストラというバンドのヨーロッパツァーのドキュメンタリーというわけではありません。
ノー・スモーキング・オーケストラはあることはありますが、クストリッツァが映画監督との二足のわらじでバンド活動にいそしんでいる、というのはこの映画を作るにあたっての一種のフィクションです。
まあ、趣味の範囲内ってことで。
ウンザ・ウンザは、聞くと脳内の蛋白質を活発化させ、人生が楽しくなる効果があるとか。
(エセ科学か?!)
まあいろいろ固いことをいわずに、ウンザ・ウンザを楽しみましょう。
いいじゃないですか、人生が楽しくなるフィクションということで。
ノリノリのバンドムービーの中、一番印象的なのは、「ユー、ゴ、スラ、ヴィヤ!」を連呼して、ユーゴ代表への応援を会場全体でするシーン。
クストリッツァとサッカーは切っても切れない仲なのです。
「パパは出張中」から「マラドーナ」まで。
*SUPER8
エミール・クストリッツァ監督2001年イタリア・ドイツ
*ノー・スモーキング・オーケストラ(エミールの息子のストリヴォールがレプリカユニ(たぶん当時のユーゴスラヴィア代表の)を着ています)
*ウンザ・ウンザ・タイム(聴けます)
ユー、ゴ、スラ、ヴィヤ!
ユー、ゴ、スラ、ヴィヤ!
ユー、ゴ、スラ、ヴィヤ!
サッカーのレプリカユニを着てコンサートに臨むミュージシャンはよくいるのでは?
母が大好きなロッド・スチュアートとか。
エミール・クストリッツァは映画監督ですが、この映画では1ミュージシャンということになっています。
ノー・スモーキング・オーケストラというバンドにギタリストということに。
この映画、ノー・スモーキング・オーケストラというバンドのヨーロッパツァーのドキュメンタリーというわけではありません。
ノー・スモーキング・オーケストラはあることはありますが、クストリッツァが映画監督との二足のわらじでバンド活動にいそしんでいる、というのはこの映画を作るにあたっての一種のフィクションです。
まあ、趣味の範囲内ってことで。
ウンザ・ウンザは、聞くと脳内の蛋白質を活発化させ、人生が楽しくなる効果があるとか。
(エセ科学か?!)
まあいろいろ固いことをいわずに、ウンザ・ウンザを楽しみましょう。
いいじゃないですか、人生が楽しくなるフィクションということで。
ノリノリのバンドムービーの中、一番印象的なのは、「ユー、ゴ、スラ、ヴィヤ!」を連呼して、ユーゴ代表への応援を会場全体でするシーン。
クストリッツァとサッカーは切っても切れない仲なのです。
「パパは出張中」から「マラドーナ」まで。
*SUPER8
エミール・クストリッツァ監督2001年イタリア・ドイツ
*ノー・スモーキング・オーケストラ(エミールの息子のストリヴォールがレプリカユニ(たぶん当時のユーゴスラヴィア代表の)を着ています)
*ウンザ・ウンザ・タイム(聴けます)
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