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2019年1月28日月曜日

冷たい汗

2018年の東京国際映画祭で期待のイラン映画・フットサル映画「冷たい汗」を
観た。
期待通りだった。
ここにも理不尽に立ち向かうオフサイド・ガール(妻だが)。
ただ彼女はより孤独な闘いを選び、ラストも出場決定おめでとう!ではない。
夫がこれまで観てきたイラン映画史上最低最悪のありふれたダメ男

夫は社会的には地位も力もある有名人だが、妻が自分以上に成功することに我慢がならないありがちな卑小な人物。
ヒロインがSNSに挙げた結果  っぽい動きは出たという設定だが、彼を非難するふうには向かわなかったんだろうか?

2016年10月30日日曜日

キアロスタミ遺作「Take Me Home」

キアロスタミ追悼特集にして


キアロスタミ遺作の「Take Me Home」
あー、とってもキアロスタミらしい掌編。
ちょっとわざとらしくてね。
登場するのは少年、猫3匹、犬、烏、鳥(鳩?)数羽、無限の階段、坂、サッカーボール。

ボールを持って、帰ってしまった。
さようなら、なんだなと涙する。
キアロスタミとサッカー。
「トラベラー」
「そして人生は続く」
そして 「Take Me Home」

また会えるよね?

「Take Me Home」
 

2016年8月5日金曜日

たぶん世界一簡単なサッカー映画解説

と書いたメモ書きが見つかった。
いつ書いたんだ?2012年くらいだったろうか。

その1 ドキュメンタリー
「線路と娼婦とサッカーボール」
「ガリンシャ」
「ジンガ」
「ジダン~神に愛された男」
「KING OF TOKYO O FILME」
「ペレを買った男」
「アザー・ファイナル」
「奇蹟のイレブン~1966年北朝鮮VSイタリア戦の真実」
(番外)「ワイルド・ワイルド・ビーチ」2006年ワールドカップヨーロッパ予選ロシア対ポルトガル戦

その2 試合は史実、ドラマ部分はフィクション
「オフサイド・ガールズ」2006年ワールドカップアジア予選イラン対バーレーン戦@アザディスタジアム
「ベルンの奇蹟」1954年ワールドカップ決勝ハンガリー対ドイツ
「ウィニング・チケット」スコアから鑑みるに1955年4月24日@ウィーンのオーストリア対ハンガリーの親善試合 もちろんプシュカシュが出演…しないよ。
「カップ・ファイナル」1990年ワールドカップ本大会のチケットを持ちながら行けなかったイスラエル兵(徴兵されちゃったんだね)とパレスティナのレジスタンス。ひいきのチームは一緒だった。
「ビューティフル・ピープル」1994年ワールドカップヨーロッパ予選オランダ対イングランド

その3 試合もドラマもフィクション
「少林サッカー」
 セリエAの選手たちが吹替えをしたイタリア語版があるそうで。
「明日へのチケット」ケン・ローチ編 CL準決勝ローマ対セルティック@ローマ
 ただ、これが日本公開されたとき、セルティックは本当にCLで快進撃したのだった。
「ワン・デイ・イン・ヨーロッパ」 CL決勝ガラタサライ対デポルティボ・ラ・コルーニャ@モスクワ
 実現したのはモスクワでの決勝というのだけか、今のところ。
 でも、仕事そっちのけで試合に夢中な警官はどこの都市にもいるってことで。
フィンランド「FCヴィーナス」→ドイツ「ヴィーナス11~彼女がサッカーを嫌いな理由」
オムニバス「それぞれのシネマ」のやはりケン・ローチ「ハッピー・エンド」
ウラジーミル・ダフノ「3人のコサック」シリーズ「コサックのサッカー」
 ソ連時代に作られた対仮想フランス・ドイツ・イングランドに加え、ユーロ2016に向けて対仮想スペイン・イタリア・チェコ・ベルギー・スウェーデン等々も新たに作られ…さすがに対ロシアはなかった模様。
ヤン・シュヴァイクマイエル「男のゲーム」
「幸せになるためのイタリア語講座」ユーヴェファンのフィン
「ホレム・パーデム」スパルタ・プラハファンのフーリガン
「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」
 ラストのボクシングの試合は史実
「ライフ・イズ・ミラクル」
「僕たちのキックオフ」
レバノン「ナイスシュート!」 超短編一発芸
スイス「モンディアリート」96年フランス大会中のロードムービー
ブラジル「リーニャ・ヂ・パッシ」
オムニバス「ストリート・オン・ヒューメン・ライツ」中の「The Final Match」
「栄光のフォワードNo.9~女子サッカーに捧げる」

その4 史実改変?
「勝利への脱出」
 1942年8月9日キエフでのいわゆる死の試合を下敷きにしているが、経過も結果も変えている。

(書きかけ)



2013年2月12日火曜日

アララト・スタジアムでアザディ(自由)を叫ぶ

今年も横浜までフットボール映画祭に出掛ける。
昨年はジャック&ベティだったけれど、今年は違う会場だ。
こぎれいなミニシアターであった。

4本観た中で、最も自分に近しいものとして捉えられたのは、やはり闘うイラン女子の登場する「フットボール・アンダーカバー」だ。
アンダーカバーというのは、恐らく「イスラムの教え」に添って”体の線が出ないように””肌を露出させないように”と、長袖長ズボン+頭をしっかり覆うというユニホームを指しているのだと思うが、そういういで立ちになると、正直言ってドイツ女子とイラン女子の区別は一見つかなくなる。
ドイツのチームはヨーロッパ系(ちょっと判別しがたかったがスラヴ系もいるかも)に加え、アフリカ系や西アジア系(トルコやイラン)ありの多民族編成(男子のドイツ代表と同様である)、イランの方もペルシャ人やらアルメニア人は元々ヨーロッパ風の顔立ちだから。

これはドイツのドキュメンタリー映画で、女子チームのメンバーと在独のイラン人男性との話し合いからイランの女子チームと国際親善試合をしようということになって、事務的にはいろいろ大変なことがありながら何とかそれらをクリアして、ビザを取り、試合を成功させる、というものだ。
イランに行く、しかもサッカーをしに行けるというのはとても羨ましいことだが、もちろん凄く大きな困難が立ちはだかり、それを一つずつ克服してのことでもある。
未知のイランという土地に試合をしに行くドイツチームも大変だ(アメリカがイランに戦争を仕掛けるかもしれない、と危機感を募らせていた)が、ご承知のとおり何かと制約の大きい中でサッカーに情熱を傾けるイラン女子の姿に大感動!
ドイツ側が撮っているから、何となく『テヘランでロリータを読む』に見られるような西欧感覚でイランを観ている風は否めないが、中心となるマリアンネという少女が終始真摯な態度でとても好感が持てた。

最初は何とアザディ・スタジアム(アジア最大のサッカースタジアムであり、「オフサイド・ガールズ」に見られるように女人禁制である)で試合をするということだったが、やっぱりそれは叶わず、アララトという1万人収容(当局談?)のスタジアムに変更されてしまう。

もちろん、イランでサッカーをしている女性というのは、テヘランなどの大都会の、かなり恵まれた家庭の子女であるわけで、実はお母さんが大いにバックアップしている家庭が多い。
イランの女子サッカーの歴史はかなり古く(ドイツよりも古い)、お母さんは若い頃にサッカーの経験があり、イラン革命で断ち切られた自らの夢を娘に託しているというケースもある。
「クロスの仕方がなってないから、私が教えた」とか。

アララト・スタジアムでの、イラン女子チーム初の国際試合は、アザディが女性を締め出しているのの裏返しで男子禁制となる(でも、録画して放映はするというのだから、何で男性を締め出しているのか趣旨は一貫していないような気がするのも「オフサイド・ガールズ」に登場する少女たちが指摘したそのままである)。
同行してきたドイツサッカー協会役員の男性(トルコ系だとか)もどう掛け合っても入れてもらえず、塀の隙間から覗き見るが、塗りたてだったペンキが顔に付着するという漫画みたいな展開になったり、イランの男性たちも何となく遠巻きにスタジアム付近に群がっていたり、スタジアムの外はコミカルな雰囲気。

(登場する男性たちは大反対したり意地悪したりはしない。「男子のチーム・メッリはふがいないから君たちは頑張れ」とか言ってコピー代をサービスしてくれようとしたりして、割と協力的だ。
一方、スポンサーの石油会社やアリ・ダエイのスポーツショップ(ユニホームを提供してくれることになっていた)は、協力する気はあるものの、実際上あまりあてにならない…というのは、イラン男性一般をある意味象徴しているようでもある。)

試合の応援の中で、イランの女性たちは応援の声を挙げる中で「女性の権利を尊重せよ」「サッカーを観る権利を」という極めて政治的な要求も堂々と行う。
スタジアムには女性の監視員もいて、「女性として節度ある応援を」と放送し、実際観客たちの行動をチェックもしていたりするので、はらはらしながら観ていたが、彼女たちはひるまない。「言ってやったわよ」てなものである。

現実には、あれからもイランの状況は良くなっていない。イラン女子サッカーは大会予選から締め出されてしまった(←不当なことだと思う)。ドイツ以外の国も、どんどんイランと試合をして交流を深めて欲しい。

「フットボール・アンダーカバー」ディビッド・アスマン、アヤット・ナジャフィ監督2008年ドイツ

2012年2月26日日曜日

ふざけたロスタイムだ!―テヘラン、25時

この発言は某日本人解説者のオリジナルではなかったのか!
「テヘラン、25時」中、集合住宅の一室でTV観戦している男性(監督自身なのか?声だけで姿は見せない)が、その試合のロスタイムが6分経過したところで呻くように発した言葉だ。
それは1997年11月29日土曜日、1998年ワールドカップ(フランス大会)出場をかけての大陸間プレイオフ対オーストラリア戦でのことだ。
(結局この試合のロスタイムは8分余りにもなった)

イランはこれに先立つプレイオフ第1戦(ホーム)では1-1で引き分けてしまい、この試合は2点先攻されて絶体絶命に・・・。

ここからの試合経過についてはこちらの動画(コメントが入っていて観辛いのですが)をご覧になっていただくとして(註:大変ドラマチックで感動的です、イランサイドで観ると)省略する。

僅か10分ほどで、イランはバゲリとアジジのゴールで追いつく。
これでアウェイゴールルールにより(この予選からの適用だった)、このまま試合が終わればイランが本大会出場を勝ち取ることになるのですが、「早く終われ~!」と願うも、これが長い、長い、長い…。
「ふざけたロスタイムだ!」
(この試合が行われたのは目安に時間表示がされるようになる前なのだった。)
ゴールネットが外れるというアクシデントがあったので、長いだろうとは考えられただろうけれど。

この映画の字幕を担当したのはショーレ・ゴルパリアンさんであり、ペルシャ語で実際にどう言ったのかは確認していないが、そんなに原語から離れた日本語訳はしていないだろうと思う。
(彼女は特にサッカーが好きでも詳しくもないけれど、日本で上映されるイランやアフガニスタンの映画の翻訳をほぼ一手に引き受けており、当然サッカー映画の数々も手掛けている。)

15年前、チーム・メッリファンのこの悲鳴を記録していたドキュメンタリーフィルムは、続いてテヘランの町に繰り出し、歓喜に沸く人々の様子をただただ映し出す。
改めて驚いたのは、犬を飼っている人が堂々と出ていたこと。
この年の8月にハータミーが大統領に就任し、「テヘランの春」が始まりつつあった、ということも思い出す。
「オフサイド・ガールズ」の終盤、2006年ワールドカップ(ドイツ大会)出場を決め、祝賀ムード一色の町の実写も、このドキュメンタリーと何ら変わることはないが、このときはハータミーの第2期末期であった、ということも思い起こされる。
バゲリ、ダエイ、アジジ、マハダヴィキアが輝いていた。
フェリデーン、君はどこへ行ったの?

いずれにせよ、本大会出場決定でこれだけ皆で無条件に祝えるっていいなあ。
何度観てもいい。
幸せになれる。
ただ、選手らを見ても、ルール上からも、時代設定からも、これがもう過去の話だと思い知らされるのが、おもろうてやがてかなしきの心境になってしまうゆえんだ。
(現在のイランでは、本来こんなにもサッカー好きなはずの彼らが「サッカーどころではない」状況になってしまっているのが、傍から見ていて辛い、とても悲しい。)

「テヘラン、25時」“Tehran: Sa'at-e Bist-o Panj ”
セイフラー・サマディアン監督イラン2009年

2010年9月26日日曜日

トラベラー

アッバス・キアロスタミ監督1974年イラン

そして人生はつづく








「ストーリーズ・オン・ヒューマン・ライツ」のThe Final Match

 

オフサイド・ガールズ

「オフサイド・ガールズ」
ジャファル・パナヒ監督2006年イラン

数あるサッカー映画の中でも、特に大好きな作品です。

2006年ワールドカップアジア予選も終盤の2005年6月8日、イランはホームのアザディスタジアムにバーレーンを迎え、この試合に勝てば本大会出場とあって、スタジアムには続々とチーム・メッリ(サッカーイラン代表)を応援しようという人たちが押し寄せます。

イランでは女性がスタジアム観戦することは禁じられていますが(一部例外あり)、やっぱり見たい!どうしても生でワールドカップ出場の瞬間が見たい!という女の子たちはあの手この手で潜り込もうとします。

変装姿もいかにも場違いな、男の子になんか見えないよっていう感じの少女も、ダフ屋に足元を見られて値を釣りあげられ、アリ・カリミのポスターまで押し売りされ(このポスターはその後意外と使いでがあったが)、それでも彼女はこの試合をアザディに観に来なければならなかったのです・・・。

この映画をいいと思うのは、女の子パワーの迫力・新鮮さを素直に出しているということに加えて、イランにおける「格差」を、男女の問題のみならず、地域や階層の問題としても描けているところです。
スタジアム警備の兵士は地方出身の若者。
試合の行方とともに、実家の家畜がどうなっているのかが気がかり。
議論となると、女の子たちに適うわけがありません。
彼にとっては、禁じられている試合観戦にやってくる「オフサイド」な女の子は、都会の、高学歴の、優雅な、別世界の人間。
こんな子たちのお遊びの始末のために働かなくちゃいけないのかよ、俺は・・・とかなんとかぼやかずにはいられません。

ラストは(試合の結果を知っているからだけど)実に予想どおり、いわば「明日へのチケット」落ちです。

なお、監督のジャファル・パナヒさんは、この映画製作後、イラン当局との軋轢が大きくなっています。
特に、昨年7月にアフマディネジャド大統領再選の混乱の中での犠牲者追悼集会の折に一時拘束されたり、ベルリン国際映画祭への参加を妨害されたり。
今年の春にはかなり長期にわたって拘束されていました。
彼が現政権に批判的であるのは間違いないですが、マフマルバフ一家の、特に長女のサミラさんなんかの方が対決姿勢としてはより先鋭的なのではないかと思っていたのですが・・・。

サッカーの試合見たさに、冗談ではすまされないレベルの嘘を重ねてチケット代を稼ぎ、アザディにやってくる、イラン少年にしてはあんまり可愛くない男の子を描いた「トラベラー」。
大地震の後の瓦礫の中から、まずはラジオを掘り出して、ワールドカップの試合中継を聴こうとしている人々が印象的だった「そして人生は続く」。
そして、「私たちだって試合が観たい!」と、禁じられた生観戦に挑む女の子たちを見せてくれた、パナヒ監督の「オフサイド・ガールズ」。
サッカー映画の分野でも、綺羅星のごとく才能が輝いていたイランなのですが。
しかし、こういう「弾圧」が繰り返されると、バフマン・ゴバディのようにイラン国外に出るという選択をするしかなくなったり、自主規制をしたりするようになってしまうでしょう。
これからのイラン映画は、のみならず、イランは、どうなってしまうのでしょうか。
案じています。