2025年6月29日日曜日

何度目かの感傷旅行 オデッサ・スタジオ: 一部屋半 あるいは祖国への感傷旅行

初めて見せていただいた時の仮題が「感傷旅行」で、その後の「センチメンタルジャーニー」より私は気に入っているので、まだ「感傷旅行」のままにしている。

 
オデッサ映画撮影所前の井上徹さん

オデッサ映画撮影所前の井上さん後ろ姿



昨日も、見終わってから、お話したかったな。
久しぶりにお会いしたエイゼンシュテインシネクラブの方たちとお話したように。
ブロツキー父がショスタコーヴィチに話しかける場面、「スコアはどうでしたか?」にはやっぱり「試合の」を省略しない方がよかったんじゃない?とか。
「ゼニス」ってやっぱりゼニット・レニングラードだよね?とか。(その巨匠の愛したディナモ・レニングラードも今は亡いのだ。地上から消えてしまった。FKソチなんて、後継クラブではない!)

ヴォイノフって実在選手だよね?
ヨシフ少年は有名な作曲家だよと言われて、誰って思ったって?
(カバレフスキーじゃなかった、全然聞いたことのない名前だった。要確認)

猫は1.5匹じゃなくてたくさん登場するけど、ブロツキーの生涯に寄り添った猫が1匹(よく写真で見る愛猫ミシシッピ)と半分(レニングラードに置いてきた猫、茶トラだったのかな?作品中お母さんは猫をオーシャと呼んでいたが、オーシャはヨシフの愛称らしい。ヨシフが猫をオーシャと呼んでいたかどうかはわからない。)


オデッサ・スタジオ: 一部屋半 あるいは祖国への感傷旅行: 少年は後に詩人となってレニングラードをうたう。 徒食の罪で刑事事件の被告人となる。 ノーベル文学賞を受賞する。 亡命する。 そして二度と故郷レニングラードには戻らない。 そんな詩人の魂がかの地に帰郷したとして、ソ連~ロシアアニメーションの大御所アンドレイ・フルジャノフ...

2024年11月18日月曜日

ぼくとパパ、約束の週末~推しの旅はこれから

 



自閉症の少年ジェイソンが推しのサッカークラブを見つけるために父と週末ドイツ国内スタジアム巡りの旅をする。

10歳のジェイソンが贔屓クラブを決めるにあたってのルールが「サステナブル」とか「ナチス排除」とかグレタさんっぽい地球環境問題活動家的な視点があるのはちょっと滑稽な感じもするし、ソックスやシューズが単色とか円陣組まないとか残念なマスコットキャラがいないとかもはや笑える・・・が本人は真剣なんだろう。

元来、アンチになるのには一定の理由があって然るべき(「親ナチである」「サポーターが酷い」「バックの企業がボイコット対象」「勝利至上主義が嫌」等々)かもしれないが、あるチームのファンになるって別に理屈や条件に合っているからじゃないんだよね。少なくとも私の場合。殆ど運命的なもので、この映画の中で「ゆりかごの中で決まる」みたいに表現していたように。

私が清水エスパルスのファンなのは元々清水東高校のファンであったからで、偶々三羽烏さんたちの試合を観たからだったし、チェルノモーレツ・オデッサについてはあの階段で花火を観ようとしたときに前にいた背の高い若者たちがチェルノモーレツのチャントを歌い騒ぎながらも私たちに見やすい位置を譲ってくれたからであったし、クルィリヤ=ソヴェートフ・サマラに関しては祖母が1920年代から30年代にかけて最初にエスペラントで得たペンフレンドがクイビシェフ(現サマラ)の人であったり疎開してきたショスタコーヴィチの心を慰めたであろうクラブだから、とか一応後付けで理由は述べられるが、何となく応援するようになったというところで、「この条件をクリアしないとだめ」というジェイソン君の行動は最初からうーん何か感覚違うなというのはあった。

それと、ドイツサッカーでは皆さんビッグクラブよりも地元のクラブを愛しているという風に聞いていたが、この映画だと周囲の人たちは結構バイエルン(父の上司)とかドルトムント(母と祖父母)とかビッグクラブ推しで、地元愛どこに行った?という印象(ミルコおとーさんが贔屓のフォルトゥナ・デュッセルドルフも現在2部ながら古豪のビッグクラブと言ってよいと思う。住んでいるのはハーンのようなので、デュッセルドルフはノルトラインヴェストファーレン州の州都で地元扱いなのか?)。ドイツ国内56クラブ(←意外と少なくない?)を実地で試合を観て決めるというので週末のスタジアム巡りが始まるが、最初のニュルンベルクとか勿論バイエルンもドルトムントもスタジアムは立派でサポーターも熱狂的ながらも無茶苦茶荒れるわけでもなく、自閉症児のジェイソンも他の場所で起こすようなパニックになるのは何とか抑えられて(見ていてはらはらするが)、スタジアムがアンセムに包まれて皆幸せそうな雰囲気になる。特にドルトムントのYou'll Never Walk Aloneは絶対こういう場面で使うだろうと思っていたシーンで流すわけですよ。ずるい。(映画館内で思わず唱和しそうになる。)歴史ものでフィンランディアが流れるようなもので、お決まりというかお約束というか、まあそれでも素直に感動するんですけどね。

サッカー場の雰囲気にジェイソンが徐々に馴染んで、そろそろ贔屓のクラブを決めてくれるのかと父が期待すると、最初から挙げているいろいろ難しい条件があと一歩クリアできずに旅が続いていく。まあ最初から56のクラブ全部検証してから決めるつもりなんだろうけれど。

実質的にトップリーグのクラブのスタジアムが続く中、ミルコの出張先で試合を観ようということになってラトヴィアはヴァルミエラまで旅する二人。天文に詳しいジェイソンが下調べして素敵な瞬間を目にすることになるが…。ヴァルミエラ、しかしスタジアムのトイレがきちゃない。私がリトアニアのデパートで体験した(但し1994年のことなので、当地で現存するのかわからない)ような和式、というのだろうか、跨ぐタイプの便器なので、ジェイソンはショック!(絡んできた輩はロシア語っぽかった。)「解決して!」と叫ぶが。ジェイソン、天文のことは下調べするけど、こういうことは調べていかないのね(と、このあとのヘルタ対ドルトムントの試合の際も思った)。

このヴァルミエラのスタジアム(Valmieras Olimpiskais centrs)と、とんだハプニングから観ることになったSVバベルスベルク03のカール・リープクネヒト・スタジアム(ポツダム)が、私がサッカーファンになった頃を彷彿とさせるスタジアム光景ですな。

カール・リープクネヒト・スタジアム。何とも素敵な響きのスタジアムですね。(ちなみにローザ・ルクセンブルク・スタジアムは見当たらないそうです、残念ながら。)ここ及びバベルスベルク03も良さげな感じだったのでジェイソンの贔屓のクラブも決まりそうかなと思わせて…

でも、最初にも書いたけれど、贔屓のチームって、条件クリアして満点のところを選ぼうとしたら結局どこも満足できずに人生の最後まで見つからないんじゃないかって思える。電光石火かいつのまにかか、とにかく好きになっちゃう、それから推しの人生が始まるのよ。

ジェイソンとミルコの旅はまだ続いているそうだ。贔屓のクラブが決まらなくても、スタジアムに足を運び、試合を観ること自体が楽しくて旅を続けているんじゃないかな。

あと、新宿ピカデリーで売り切れちゃったのか元々作っていないのか、プログラムがなかったが、こういう映画こそパンフレットが欲しい。ドイツの地名やクラブに詳しくないので。


2021年5月14日金曜日

You'll never walk alone

 Позавчера я купила немецкий документальный фильм «Ты никогда не будешь одинок» в онлайн-театре Йокогамского кинофестиваля футбольных фильмов. После позавчерашнего и позавчерашнего дня видела и сегодня.

Когда я впервые увидела это на кинофестивале несколько лет назад, я была удивлена, узнав, что оригинал был вставкой из американского фильма «Карусель» и что фильм был основан на пьесе Морнара. Спектакль «Лиллиома».

«Ты никогда не будешь одинок» - это песня подбадривания футбольных клубов по всему миру, включая «Ливерпуль», «Боруссия Дортмонт» и «Токио».



世界中の多くのサッカークラブで愛唱されている”You'll never walk alone”は、ミュージカル映画「回転木馬」中で歌われる曲なのだが、ミュージカル「回転木馬」は元々ハンガリーのモルナールが著した戯曲「リリオム」が原作。ヨコハマ・フットボール映画祭の解説だと”オペラ”と書かれているが、オペラではない。歌は入るもののストレートプレイの範疇になると思う。

(「リリオム」はブダペストで初演、後ウィーンの舞台でもヒットする。モルナール自身はこの戯曲に自信を持ち改編改作することは考えていなかったのだが、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害を逃れてアメリカに渡った際困窮のあまり渋々ミュージカル化を承諾したのだという経過がこのドキュメンタリーで明かされる。結果的にミュージカルの出来にモルナールは満足したらしい。)

「リリオム」は実際に妻にDVをしていたモルナールが自らを正当化するような、後味の悪い戯曲で、映画「回転木馬」で歌われる”You'll never walk alone”は、一度死んで「二度と殴らない」という約束で地上に戻った主人公が娘を殴って再び死ぬ(地獄に落ちるのだろう)、そしてこれまで犯罪者の家族だと肩身の狭い思いをしていた主人公の妻と娘が「それでも生きていくわよ、逆境の中でも希望を捨てない、一人じゃないんだ!」と勇気を振り絞る歌なのだが、サッカーソングになった時点で割と単純に「希望を捨てるな、俺たちがついてるぞ」みたいなファンが選手たちを鼓舞するような雰囲気に変化している。

特に中東欧映画ではスポーツ選手(むろんサッカーを含む)はほぼDV傾向あるという描き方は定番なのだが、元々の作品の”男性のDVは愛情の表れの一つ”とでも言いたげなモルナールの自己正当化部分がきれいに捨象されているのが、実は気持ち悪くはある。


しかし、しかし、この歌の歌詞は実にいい。

リバプールのロックバンドのメンバーがふらっと入った映画館で二本立て作品の一本で「回転木馬」と出会い、映画自体は寝ながら観ていたそうだが、この曲に感銘を受けて周囲の反対を全て押し切ってバンドのレパートリーにして見事ヒットさせ、それをリバプールのスタジアムでDJが取り上げ、ファンも気に入って歌うようになった…という経緯がこのドキュメンタリー”You'll never walk alone”で語られる。

現在”You'll never walk alone”を応援歌にしているサッカークラブはウィキ先生によると27にものぼる。

リバプールをはじめとするサッカーファンにとっては、アンセムに至るまでの前史部分が結構長くていらいらするかもしれないが、演劇好きにはこの前半もなかなか良い。むしろこの部分の方がおもしろいか?

映画を作ったのはたぶんドルトムントサポーターで、扱われ方も比重が大きい。しかし「リバプールの”You'll never walk alone”みたいな応援歌が欲しい」というファンの要望で、”You'll never walk alone”そのもののアレンジで応えるっていうのはミュージシャンとして、クリエイターとしてどうなのか、矜持はないのか?と気になるところではあった。

FC東京に関しては、「グラスゴーでも東京でも歌われている」という発言で触れられてるだけではあるが、ファンには必見だと思います。

tweetした一連の感想も後に補充するかもしれません。



補遺

『レストラン「ドイツ亭」』は、フランクフルト・アウシュヴィッツ裁判に通訳として関わった若い女性を主人公にしたフィクションで、読んでいてなかなかに重苦しく息苦しいものだったが、ちょうど判決後に家政婦さんが夕食の片づけをしながら鼻歌でこの歌を歌っている光景が綴られている。

小説の舞台はドイツだけれど家政婦さんが口ずさむ≪You'll Never Walk Alone≫はミュージカル楽曲ではなくてジェリー&ザ・ペースメイカーズ が1963年にリリースしたものなのだろう。フランクフルト・アウシュヴィッツ裁判の判決は1965年8月。もうリヴァプールの試合でもアンセムとなっていただろう。

小説の中では過去の所業が追及されて人間関係が崩壊していく中で響くのがこの歌だというのはかなり皮肉。

2020年11月23日月曜日

オデッサ海岸通り: 戦争責任に甘すぎる、これでもドイツ映画 「キーパー ある兵士の奇跡」

オデッサ海岸通り: 戦争責任に甘すぎる、これでもドイツ映画 「キーパー ある兵士の奇跡」:   これ、インターナショナル版とかでカットしていない?主人公はドイツ軍に志願して2度勲章を授与されているけど終始「選択できなかった」=仕方なかったで連合国側の再教育失敗例か?こんなに戦争責任に甘いドイツ映画を観るのは初めて。こういう時代になっちゃったのかな。 私は残りの5% 映画...

そうは言っても、キーパーの映画なのでセーヴのシーンはかっこよかった。




2019年1月28日月曜日

冷たい汗

2018年の東京国際映画祭で期待のイラン映画・フットサル映画「冷たい汗」を
観た。
期待通りだった。
ここにも理不尽に立ち向かうオフサイド・ガール(妻だが)。
ただ彼女はより孤独な闘いを選び、ラストも出場決定おめでとう!ではない。
夫がこれまで観てきたイラン映画史上最低最悪のありふれたダメ男

夫は社会的には地位も力もある有名人だが、妻が自分以上に成功することに我慢がならないありがちな卑小な人物。
ヒロインがSNSに挙げた結果  っぽい動きは出たという設定だが、彼を非難するふうには向かわなかったんだろうか?

2018年1月7日日曜日

ピッチ Коробка

ロシア映画祭初日(2017年10月2日)に観た「ピッチ」
「是非来年のフットボール映画祭(つまり2018年)のプログラムに入れて欲しい」と思った。
ストリートサッカーと移民、民族問題、フーリガン。
ロシアの現実思うと溜め息だけど、この映画のチェブ的解決(皆で作ろう!)の糸口提示は悪くない。

「ピッチ」 ”Коробка”

ロシアでワールドカップが開催される今年、フットボール映画祭での上映をしてほしかった。

観た当時にツイートしているが、コーチ役で元ロシア代表GKルスラン・ニグマトゥリンが出演。
実は彼、すっかり芸能人になっていて(DJ)、役者も板についていた。

主人公たちに対立するカフカース系のグループの子たちはかっこいい。
メルっていう子の行く末が心配。
『シベリアの掟』でも、親友メルってこういうキャラだったけど、そういうニュアンスがこの名前にはあるんだろうか?


2017年2月15日水曜日

サッカー失恋

「君のせいで得点シーンが観られなかった」
…って、それ言ったら怒らせること間違いない。

昨日、川崎市市民ミュージアムでケン・ローチ監督「まなざしと微笑み」を観ていて、思わず声を上げそうになった場面です。

主人公の不器用さ、特にこのスタジアムでのデート場面で際立っていました。
80年代、慢性的不景気、失業問題を抱えたイギリス。
特に北部の鉄鋼の町シェフィールドは高校卒業した若者に就職先は殆どありません。
主人公はそんな手持無沙汰な毎日を送る若者です。
失業中ながら恋人ができ、その彼女が一緒にサッカーを観に行きたいと言い出し、「女の子がいると仲間と盛り上がれない」と乗り気ではなかった主人公でしたが・・・。
応援に熱が入ってきたところで、彼女の具合が悪くなり、「外に出る、帰りたい」という訴えに対して、彼女の体調を気遣うより試合の行方を気にしている(のがよくわかる)のがいけません。
もちろん、一緒にサッカーの試合を観たいと言い出したのは彼女の方でしたが。
そして、一旦廊下に出たところで歓声があがるので試合を観に、彼女を置いて座席に戻り、再び彼女の元に来て言ったのが冒頭の台詞。

結局彼女は家に帰ることになり、主人公は試合を気にしつつ「バス停まで送ろうか?」と発言(←家まで送れって!)、そのうえ出入口係に「すぐ戻るから」と言うなどこの上まだ彼女の体調よりサッカーを気にしている無神経さで、案の定「もう二度と会わない」と申し渡されてしまいます。
よくあるんだろうなあと思われるサッカー失恋の一幕でした。

あのね、彼女を連れて行った時点でその日は彼女優先にするという覚悟をしないと。
彼女にとっては最悪の観戦デビューとなり、もしかすると二度とサッカーなんて観に行かないという気持ちになってしまったかもしれません。

ネタバレしてしまうと、実はこのカップルはこういう後味の悪い別れ方をしていながら、一旦はよりをもどします。
が、さらに試練は待ち構えており、ラストでは彼女から将来についての選択を迫られることになります。
それは延々と求職活動しても就職できない主人公は、陸軍に入った親友にやや自慢めいた話を披露されて心が相当ぐらつきます。
(陸軍のリクルートは映画の冒頭にあり、親友はそれであっさり入隊しますが、鉄工所勤めで労組の活動家でもありそうな父親の猛反対で、主人公はその時点ではパスしますが、ここで再び動揺が走ります)。
そこで彼女は入隊するなら別れる、と申し渡します。
でも、当面失業状態は続きそうです、軍に入らない限りは。
しかも、歴史展開を知っている観客は、この後イギリスの福祉がより悪くなるのを知っているし。
さあ、どうする?

川崎市市民ミュージアムでの最後の最後の企画上映(来年度から民間委託されるためこれまでのような垂涎ものの企画上映がなくなる可能性大)インディペンデント映画特集、Part1《ケン・ローチ初期傑作集》は、随所にブリティッシュロックやサッカーのモチーフがちりばめられ、文字通り若きケン・ローチの才能あふれる作品を堪能できるものです。
最近のローチ作品の登場人物は、貧しくともしたたかに反撃するようになっていますが、初期作品では弱者はあくまで叩かれて落ちていくので、観ていてもう居たたまれなくなります。
日本では劇場公開されていない、TV用映画も含めた70~80年代の作品をフィルムで観られて感謝です。
映像ホール、いつもよりずっと混んでいました。

レンフィルム、戦後ポーランド映画、チェコアニメ、オリヴェイラ特集。
質の高いレアな作品の上映を最高の環境で提供してくれた川崎市市民ミュージアムに心から感謝を申し上げます。

ケン・ローチ自身の経験でもありそうな?サッカー絡みでの失恋教室と、軍隊リクルートの誘惑。
今よりもずっと苦みの強い作風が若々しい。

「まなざしと微笑み」

2016年10月30日日曜日

キアロスタミ遺作「Take Me Home」

キアロスタミ追悼特集にして


キアロスタミ遺作の「Take Me Home」
あー、とってもキアロスタミらしい掌編。
ちょっとわざとらしくてね。
登場するのは少年、猫3匹、犬、烏、鳥(鳩?)数羽、無限の階段、坂、サッカーボール。

ボールを持って、帰ってしまった。
さようなら、なんだなと涙する。
キアロスタミとサッカー。
「トラベラー」
「そして人生は続く」
そして 「Take Me Home」

また会えるよね?

「Take Me Home」
 

2016年8月5日金曜日

たぶん世界一簡単なサッカー映画解説

と書いたメモ書きが見つかった。
いつ書いたんだ?2012年くらいだったろうか。

その1 ドキュメンタリー
「線路と娼婦とサッカーボール」
「ガリンシャ」
「ジンガ」
「ジダン~神に愛された男」
「KING OF TOKYO O FILME」
「ペレを買った男」
「アザー・ファイナル」
「奇蹟のイレブン~1966年北朝鮮VSイタリア戦の真実」
(番外)「ワイルド・ワイルド・ビーチ」2006年ワールドカップヨーロッパ予選ロシア対ポルトガル戦

その2 試合は史実、ドラマ部分はフィクション
「オフサイド・ガールズ」2006年ワールドカップアジア予選イラン対バーレーン戦@アザディスタジアム
「ベルンの奇蹟」1954年ワールドカップ決勝ハンガリー対ドイツ
「ウィニング・チケット」スコアから鑑みるに1955年4月24日@ウィーンのオーストリア対ハンガリーの親善試合 もちろんプシュカシュが出演…しないよ。
「カップ・ファイナル」1990年ワールドカップ本大会のチケットを持ちながら行けなかったイスラエル兵(徴兵されちゃったんだね)とパレスティナのレジスタンス。ひいきのチームは一緒だった。
「ビューティフル・ピープル」1994年ワールドカップヨーロッパ予選オランダ対イングランド

その3 試合もドラマもフィクション
「少林サッカー」
 セリエAの選手たちが吹替えをしたイタリア語版があるそうで。
「明日へのチケット」ケン・ローチ編 CL準決勝ローマ対セルティック@ローマ
 ただ、これが日本公開されたとき、セルティックは本当にCLで快進撃したのだった。
「ワン・デイ・イン・ヨーロッパ」 CL決勝ガラタサライ対デポルティボ・ラ・コルーニャ@モスクワ
 実現したのはモスクワでの決勝というのだけか、今のところ。
 でも、仕事そっちのけで試合に夢中な警官はどこの都市にもいるってことで。
フィンランド「FCヴィーナス」→ドイツ「ヴィーナス11~彼女がサッカーを嫌いな理由」
オムニバス「それぞれのシネマ」のやはりケン・ローチ「ハッピー・エンド」
ウラジーミル・ダフノ「3人のコサック」シリーズ「コサックのサッカー」
 ソ連時代に作られた対仮想フランス・ドイツ・イングランドに加え、ユーロ2016に向けて対仮想スペイン・イタリア・チェコ・ベルギー・スウェーデン等々も新たに作られ…さすがに対ロシアはなかった模様。
ヤン・シュヴァイクマイエル「男のゲーム」
「幸せになるためのイタリア語講座」ユーヴェファンのフィン
「ホレム・パーデム」スパルタ・プラハファンのフーリガン
「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」
 ラストのボクシングの試合は史実
「ライフ・イズ・ミラクル」
「僕たちのキックオフ」
レバノン「ナイスシュート!」 超短編一発芸
スイス「モンディアリート」96年フランス大会中のロードムービー
ブラジル「リーニャ・ヂ・パッシ」
オムニバス「ストリート・オン・ヒューメン・ライツ」中の「The Final Match」
「栄光のフォワードNo.9~女子サッカーに捧げる」

その4 史実改変?
「勝利への脱出」
 1942年8月9日キエフでのいわゆる死の試合を下敷きにしているが、経過も結果も変えている。

(書きかけ)



2016年6月9日木曜日

«Выкрутасы» オデッサ・スタジオ: エターナル―奇蹟の出会い

          Сегодня я расскажу вам о современном русском фильме «Выкрутасы».  Вы смотрели этот фильм? Это романтическая комедия. Но это фильм о футболе. Сначала давайте посмотрим сюжет драмы.

 Действия проходят в Москве.  Главный герой – Слава, которого играет Константин Хабенский. Слава случайно встречает Надежду, в роли которой – Милла Йовович. Они влюбляются друг в друга, и договариваются жениться.




Слава работает учителем школы в маленьком городе Пальчики, на Юге России. Однако перед самой свадьбой местная детская футбольная команда приглашает его на пост тренера. Он хочет освободиться от работы и сразу же поехать в Москву к своей невесте. Поэтому ему не удобно, если команда будет выигрывать. Он специально подбирает неопытных детей. Но мальчики против его ожидания победили, победили, и ещё раз победили. Каждый раз, когда команда выигрывает, Слава звонит невесте в Москву и просит прощения.

Игроки клуба «Пальчики» - все уличные дети и применяют к футболу разные приёмы воров. Их игра похожа, например, на акробатические номера в китайском фильме «Убойный футбол(少林足球)», хотя за такие приёмы штрафуют. На мой взгляд, связь этих игроков намного крепче, чем у настоящей сборной России.

Дети не очень красивые, но симпатичные, и они напоминают футболистов сборной России, особенно, Александра Кокорина, Фёдора Смолова и Дениса Черышева.

Фильм был снят в 2011 году в России, и это дебютная полнометражная работа режиссёра Левана Габриадзе.

Габриадзе – актёр, который играл роль грузинского парня в популярном научно-фантастическом фильме «Кин-дза-дза!», а в этой картине играет одного гостя на свадьбе.

Героиню-Надеджу играет знаменитая голливудская артистка Милла Йовович. Она родом из Киева. Её отец Богдан сербский врач. Он родился в Югославии. А мать Гарина Логинова – русская актриса. В этом фильме она играет мать героини.

Комедия «Выкрутасы» – для Миллы Йовович первый и пока единственный русскоязычный фильм, в котором она снялась.

Теперь я расскажу о самом главном. На последнем эпизоде фильма появляется известный футболист Александр Кержаков в роли самого себя. В то время он был игроком петербургской команды «Зенит» и сборной России. А сейчас он играет в швейцарском клубе «Цюрих».

  Этот тридцатитрёхлетний страйкер занимает первое место в таблице российских бомбодиров.

  Далее, после титра «Конец фильма» есть собрание кадров, не вошедших в само содержание фильма. Это тоже стоит смотреть! Милла со слезами благодарит всех по-русски: «Спасибо за приглашение меня русский фильм!»

           К сожалению, в Японии считают, что русские фильмы мрачные, длинные и скучные. Но «Выкрутасы» лёгкий, весёлый и богатый юмором фильм! Я ждала появления такого русского фильма! Надеюсь, фильм вам понравится.


           Спасибо за внимание.

オデッサ・スタジオ: エターナル―奇蹟の出会い: ロシア少年たちの少林サッカー、「エターナル 奇蹟の出会い」 今までこのブログには、「ロシア」のラベルでは5作品載せている。 中継基地 "米ソ連合"時代のサンクチュアリ (日本未公開) 太陽に灼かれて ひまわり ワイルド・ワイルド・ビーチ (映画...

2016年2月15日月曜日

イタリア式サッカー狂騒曲

「イタリア式サッカー狂騒曲」
サルディーニャ島のアマチュアリーグのへぼクラブがアルゼンチン帰りの、ラモス瑠偉のような容貌の(=かなりぱっとしない)選手によって生まれ変わり突如連勝、優勝を争うようになる。しかしそこには…。
一方、一流審判のクルチャーニにはヨーロッパリーグ決勝のジャッジを任される話が降って沸くのだけれど、そこには罠が…。
と話が最後につながるわけだ。
審判(凄い美形とは思えず)のナルシスチックなところがもっと大胆に脚色されていたらよりばかばかしく笑えたのでは?アルゼンチン帰りの人、あれ何?!

上述した通り、アルゼンチン帰りのクラブの救世主選手はひょろっとした、且つラモス瑠偉のようなもしゃっとした人で、幼馴染のいかにもなグラマテス美女(ソフィア・ローレンみないな感じ)にアタックするが、絵に描いたようにツンデレなのでなかなか上手く運ばなかったりする。
あ、そうそう。
『図書館大戦争』でも感心した通り、世の中最強なのはおばあちゃまなのは、イタリアはサルディーニャでも同じだとわかる。
葬儀の最中でも号泣しながらでも我らがクラブの戦略的弱点を的確に指摘し、エースの我がままにもここぞという手を差し伸べ、いかがわしい審判には天罰を下す。
あっぱれなおばあちゃまが最高に可愛い。これが結論である!

 



オデッサ海岸通り: みなとみらい・ショートショートシアター: 今年のヨコハマ・フットボール映画祭は最後の1本のみ観戦することとなった。 ドキュメンタリー作品が多かった今年のラインナップの中で、異色?の新作ドラマ作品。 「イタリア式サッカー狂騒曲」 サルディーニャ島のアマチュアリーグのへぼクラブがアルゼンチン帰りの、ラモス瑠偉のような容...

2016年2月11日木曜日

「ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る」@ユーロスペース

オデッサ海岸通り: 皆にお勧め 「ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る」@ユーロスペース: ユーロスペースで「 ロイヤル・コンセルトヘボウ   オーケストラ が やって来る 」を観た。 ウルグアイ出身のファゴット奏者、肉親の粛清や自身の俘虜経験など過酷な過去を想うペテルブルグ在住のセルゲイさん、音楽に夢中の南アの少女ら、説明不要、ただ観て聴いて、充実した気分に浸れる...

ウルグアイ出身のファゴット奏者、肉親の粛清や自身の俘虜経験など過酷な過去を想うペテルブルグ在住のセルゲイ・ボグダノフさん、音楽に夢中の南アの少女ら、説明不要、ただ観て聴いて、充実した気分に浸れる映画だった。

これはサッカー映画ではなくて、オーケストラのワールドツァーのドキュメンタリーで、いわば音楽映画。
だけど、映画の前半で、ブエノスアイレス公演時、ウルグアイ出身のファゴット奏者ヌニェスさんとドイツ人フルート奏者ケルステンさんがレストランに入って食事しながらの会話場面。
壁に飾られたペナントの数々の中にペニャロールがあるのを観て「我がクラブのだ!」と喜ぶヌニェスさん。
「でも子どもたちはアシックスファンなんだ」というと、ケルステンさんは「うちのはバイエルンファンだよ、行ったこともない街なのにね」
と二人ともお父さんの顔。
サッカーが”グローバル”化したのがわかる一コマ。オーケストラもそうなんだけど。
ヌニェスさんはその後家族に電話(スカイプ?)して「メッシの生まれた国からだよ」と言っているから、サッカーファンとお見受けした。

2016年2月4日木曜日

バーバリアンズ セルビアの若きまなざし

やっと「バーバリアンズ セルビアの若きまなざし」を観た。

感想としては、「どこにもこういう映画ってあるんだな」という、既視感ありの、その意味ではやや期待外れってところ。
それでもセルビアっぽくはあったが。
(クストリッツァとかの、ハイテンションなパワーはない。もっともクストリッツァのあれはセルビアと言うより、ロマだったりボスニア方面だったりするのだろうか?)
しかし、だからこそ観ておくべき映画だと思う。
それも今観ておくべき映画。
是非見ましょう。

結局そこに帰っていくしかない地元サッカークラブのサポーター、と言っても、自分の応援するチームの選手を傷つけたりして、主人公の言動は一貫せず無軌道。
(ここが予想と違ったところ。熱狂的ファンが主人公かと思っていたので。)

こういう映画はよくある、と書いたのは初期ボドロフ「自由はパラダイス」「モスクワ 天使のいない夜」、カネフスキーやラバノフといった90年代ロシアの一連の作品、フドイナザーロフ「少年、機関車に乗る」あたりもそうだし、最近ではウクライナの「ザ・トライブ」なども挙げられるが、ああいうタイプの鬱屈した青春迷路系(スキンヘッドなんて恐らく当地でも10年遅れであろうが)の作品は割と観てきたから。
旧東欧の作品を挙げたけれど、ケン・ローチなんかもそうです。

何よりチェコの「ホレム・パーデム」に出てくるスパルタ・プラハファンの若者(飼い猫をポボルスキーと名付けていた)が思い出された。

ただ、バーバリアンズのルカくんは、サッカー自体にはそれほど情熱を持っていないように思えた。自分ではサッカー全然していなかったし。
選手になってサッカーで身を立てたいなんて夢は端から持っていない。
希望が見えない。
最初からない。
そういう時代、そういう風潮の、現代セルビアの若者を、恐らくかなりリアルに映しとっているのだろう。

とにかく、ルカも友人も、年齢の割に(高校生くらいだと思われる)非常に幼げに見える。

サポーターのグループが、予想とはかなり違った。
選手を傷つけられたりしたら、それこそ許しがたいことだと制裁でも加えるのかと思ったら、案外緩いし…。

昨今のセルビア代表の弱体化が何となく納得できるような、そういう空気が流れている映画だった。
夜明けはまだ遠い。
が、2018年のワールドカップには出場して欲しいなあ。

2016年1月6日水曜日

あけましておめでとうを折句にしたお薦め映画タイトル

ツイッターに 
というハッシュタグがあるので、サッカー映画で作ってみました。

あ 「明日へのチケット」「アイ・コンタクト もう1つのなでしこジャパン ろう者女子サッカー」「アザー・ファイナル」
け ケルジャコフが出ている「エターナル 奇蹟の出会い」
※なかなか「け」は難しいので苦し紛れで。しかしサッカーシーンのある「ケス」にしよう。
ま 「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ 」「マラドーナ」
し 「幸せになるためのイタリア語講座」「勝利への脱出」「少林サッカー」「シーズン・チケット」
て 「テヘラン、25時」 「TESE」
お 「オールスターズ」「オフサイド・ガールズ」「男のゲーム」
め 「メタリスト・ハリコフ」(ショートアニメーションシリーズ 「メタルルグ・ドネツク」や「メタルルグ・ザポロジエ」もあります)
で 「ディディエ」「ディナモ・キエフ」(ショートアニメーション)
と 「トラベラー 」「トロワ・ゼローサッカー狂時代」
う 「ウィニング・チケット-遥かなるブダペスト」「ヴィーナス11 彼女がサッカーを嫌いな理由」

2015年12月13日日曜日

オデッサ海岸通り: 青いターバンの民

オデッサ海岸通り: 青いターバン: イスラーム映画祭で久しぶりにユーロスペースに行った。

劇映画「禁じられた歌声」とドキュメンタリー映画「トンブクトゥのウッドストック」はマリの古都ティンブクトゥまたはその近郊の遊牧の民トゥアレグ(自称ではケル・タマシェク)についての作品だった。
ケル・タマシェクやトゥアレグというのは初めて聞いた言葉のように思う。が、以前読んだ『アラーの神にもいわれはない』には言及があったかもしれない。衣装には青を好んで用い~やはり砂漠の民だから水は恵みとして青が愛されているのか、と思いきやむしろ空の色との認識であるようだ。で、他のイスラームの民と違って、顔や肌を曝さないような装いをするのはむしろ男性。ターバンで髪と鼻から下を覆い、ゆったりとした長袖の上衣とやはりゆったりしたズボンで体を露出させないようにしている。こういう特徴があるエスニックグループだとは、ほんと、知らなかった。

「禁じられた歌声」を観ていると、ソ連映画(グルジア)「希望の樹」が思い出された。
聖愚者的な女性の存在とか、愛する二人の運命、駆けて来て去って行く人(片や馬、片やバイクに乗っている)など。
「希望の樹」は古い因習・社会が恋人を引き裂く完全な悲恋ものだが、一方の「禁じられた歌声」は2012年1月のマリ北部独立紛争(「アサワド」独立を宣言、国際的には未承認状態)、その後「イスラーム・マグリブ諸国のアル=カーイダ機構」を名乗るいわゆるイスラーム原理主義者たち※によってティンブクトゥが占拠された当時の、その支配あるいは弾圧と、庶民の苦しみそして抵抗という、非常に今日的で社会的な要素てんこ盛りの、重たい映画であるので、単純な比較はできないが、監督はソ連の映画アカデミー出身(全ソ国立映画大学)とのことなので、同じ師匠筋かも?などど想像してしまった。
(ロシア語のウィキペディアを見たが、大学で誰に師事したかの記載はなかった。)

まずもって、映像の美しさは特筆すべきだろう。
ロングショットの多用はタルコフスキーやソクーロフを思わせる。
ああいう人たちが支配する地域では、なぜかサッカーが禁止され、「違反」した少年が処刑されたなんていうニュースも目にしたが、この映画では鞭打ち刑が言い渡される。
音楽やっていて捕まって同様に鞭打ちされる女性は、刑を執行されながらそれでも歌う。
歌って抗議、というより、その心境をそのまま吐露する。
それは壮絶な姿だ。
対し、違反とされたサッカーをそれでも止められるわけがなくて、少年たちがとった手段は”エアサッカー”とでもいうべき、ボールなきサッカーで、あたかもボールを蹴り、ドリブルし、阻み、シュートし、セーブしようとし、ゴールパフォーマンスをし、といったシーンがえも言われぬ美しさで心を打つ。本気で泣けてくる。
いや、実はばればれだろ、という突っ込みはなしで。
(ゴールも撤去した方が安全だよね、とは思った。)

「トンブクトゥのウッドストック」の方は、2011年1月に、ケル・タマシェクの民が一堂に会し、また外部の人々にも自分らの文化の発信をすべく開催された音楽祭「砂漠のフェスティバル」(音楽だけでなくラクダレースなんかもあるが)の、つまり上記の政変やアルカイーダ系の人々による占拠・支配の直前のドキュメンタリーだ。
あ、こういう自らの国家を持たず幾つかの国にまたがって分布する形で遊牧あるいは放浪する人たちが年に一回とか集まって絆を確かめ合うって、見たことあるじゃん、そう、ロマの人たちのあれと似ているかもって思った。
ケル・タマシェクの人たちの音楽は、きっといろいろあるのだろうけれど、音楽祭でやっていたのは、アフリカの伝統的な楽器というわけではなくて、エレキとかドラムなんかも用いながらのものだったりした。
ギターは「禁じられた歌声」でも出てきて、身近な楽器なのだろう。
イランあたりでも聞かれるような、女性の特色ある発声もあった。

(ゲストトークでも、青木ラフマトゥさんが実際にその声を出してくださった。)

※字幕では「サラフィスト」という言葉が当てられていた。

※「禁じられた歌声」 2015年12/26~ユーロスペースで一般公開。シリアの「それでも僕は帰る」(一番あってほしくないこと ”サッカーボールを銃に持ち替え” )とともに、観ておくべき今日的サッカー関連映画だろう。

2015年8月5日水曜日

一番あってほしくないこと ”サッカーボールを銃に持ち替え”

シリア映画「それでも僕は帰る シリア 若者たちが求め続けたふるさと」を観てきた。

ここ一週間観ていたのがクリス・マルケルのひねったドキュメンタリーだったせいか、こちらはまともな、というか、まっとうな、というか、本来のドキュメンタリーだったので、かえって戸惑った。

シリア内戦の中の若者たち、予想以上に暗澹たる気持ちに。元ユース代表GKが反アサドの武装闘争の闘士となり、延々と市街戦。最初は歌で平和を訴えていたというのだが。ひたすら殉教を唱え、原理主義ばりの危うさを見せる。虚無感募る。
サッカーボールを銃に持ち替えた青年。非暴力を貫きカメラで記録し続けた青年。作品中でこの二人をきちんと描き切れたとは思えず。

サッカーシーンは冒頭ちょこっとだけ、しかもナイスセーヴィングシーンじゃなくて可愛そう。イゴリョーク・アキンフェーエフかソスラン・ジャナエフばりに「やらかした」シーンの映像しかない。

彼の歌うレジスタンスソングは、はっきり言って全然上手くなかった。
アラビア語講座で聞いたアラビックポップス、これまで映画などで見聞きしたパレスティナのピップポップなど、あのあたりの音楽と詩には常に心を揺すぶられてきたものなのに、彼、バセットの歌にはアラビア語の美しさが感じられず、単なるシュプレヒコールみたいな歌詞で、サッカーシーンの肩すかし以上にがっかり。
これでシリアの若者が引きつけられるとは信じがたかったけれど、彼にはカリスマ性があるといい(私には全く効かないのだが…)、平和を訴える歌手として反アサドの人たちに人気を博したのだという。
が、平和的なデモンストレーションはアサド側の攻撃で蹴散らされ、挫折し、バセットたちは武器を手にする。

一方、バセットの友人オサマは重傷を負って入院していたところ、戻ってみると皆銃を持って戦うようになっていて、一人入り込めない雰囲気になっている。
この所在なさが痛々しい、とても。
彼はまだ非暴力での反アサド民主化運動を諦めておらず、アサド政権による市民抑圧(というよりもはや虐殺といってよい)の実態を撮影し、インターネットにアップして、世界の皆の知るところとなれば、世界はアサドを許さないだろう、この非道、不正義に、世の人々が黙っているわけはないだろうと信じている。
このシリア内戦に限らず、パレスティナにしても、チェチェンにしても、あるいは旧ユーゴスラヴィア紛争などでも、「世界の皆はこの現況を知らされていない。映像を発信して、皆に知ってもらえれば、現況の悲惨さが伝わり、自分たちが闘う正当性がわかってもらえ、協力してもらえる」と考えるのだろう。それが伝わらない、となれば、失望感たるやいかほどのものか、と案じる。

武器を取り一線を超えると、非暴力の世界に帰ってくることはとても難しいだろう。
反アサドの思想的拠り所がイスラーム原理主義にすぐ結びついてしまうのに、何故?と思う暇もなく、突然殉教だとか言い出すのが不気味だ。
民主化を求めてアサド政権に抵抗したはずのバセットであったが、彼らが手にする武器はいったいどこから供給されるのだろうか?と思いつつ観ていたところ、ある映画評によれば、彼はその後「イスラム国」に忠誠を誓い、ヌスラ戦線に参加しているという。(民主化とかふるさとを守るというのはどうなったのだろうか?彼なりに思想の整合性はあるのだろうか?)
このドキュメンタリー中では、時に「疲れた」と弱音を吐き、アサド政権打倒のためにNATOがシリア攻撃をして欲しいみたいなことを口走る。その後、どういう経緯があったのか、(というより「やはり」という印象だが)ファンダメンタルへの道を辿るという…。


「それでも僕は帰る シリア 若者たちが求め続けたふるさと」

2014年10月20日月曜日

ルワンダの遠い夜明け

ルワンダで虐殺があってから20年。
フツ族とツチ族、現政権は虐殺の責任は問わずそっと蓋をすることで、”砂上の和解”を国民に強いているようだ。

「FCルワンダ」
オランダのヨリス・ポステマ監督が撮った57分のドキュメンタリー作品である。

FCルワンダというタイトルだが、そういう名のクラブの話ではない。
サッカーのルワンダ代表の話でもない。
そもそもそんなにサッカーシーンは多くはなく、インタビュー中心。
ジャーナリストやサッカー選手たちに向けての。
ああいうことがあった国で、民族とか部族(エスニックグループという方が良いようだが)ではなく、帰属意識だったり国民の統合の象徴だったりがサッカーに求められている面もあるのでは?と探っていっているわけだ。

30年前の検証は殆どない。
(それは別の映画等の役割だろう。)
現在の「和解」がどうなのよって話。
確か、ツチ族を殺せとラジオ放送をした者など虐殺を煽った人は国際司法裁判所で人道に対する罪を問われたはずだが、直接虐殺に手を染めた人たちについては責任を追及されることはなかったらしい。
あまりに多くて収拾がつかないことになり、新たな国家建設に支障をきたすという判断によるのかもしれないが、迫害を受けた側からすると泣き寝入りに他ならず、強者による和解の押しつけであり、彼らマイノリティーの二重の意味での犠牲の上に立つ平穏だと言える。

国内リーグでは、民間の人気プロチーム「レイヨン」と、それに対抗馬となる政府軍のクラブ「ARC」が二強のようで、ダービーを選手たちもファンも心待ちにしている。
概ね一番人気の民間プロチーム、レイヨンがスパルターク、部族の「和解」を事実上強制した政府側=軍のチームARCはツェスカやディナモに例えられよう。

繰り返すが、かの国では虐殺のことは未だタブーであり、正面切って「何族ですか?」などと問うのも避けられている。
当然と言えば当然だが、「彼らは私たちを見下している」といった意識は残っていて、どうもいつもチーム内が微妙な雰囲気に支配されている。

なので、危なっかしい。
スパルターク(レイヨン)対ツェスカ(ARC)じゃいつ何時フーリガン化して、皆がそおーーーっとしてきた外見上の和解も平穏も統一も一気に崩壊しかねないのではと。

正視できないほど辛いことだが、子どもたちが逃げ込んだ学校の校舎で虐殺が行われ、今も犠牲者の骨が積み上げられ、壁に叩きつけられた子どもの血痕が生々しく残っているシーンがある。

サッカーでは虐殺の犠牲者追悼の試合が行われるが、選手の多くは肉親が犠牲になっている、または肉親が手を下しているが、いまだそれは表立っては語られない。
そんな中で、サッカーがすぐに和解の架け橋のような役目を果たし得て、すっきり問題解決、ハイタッチで終了などとは、現時点ではとてもならない。
果たして非常にもやもやしたものが残り、居心地の悪さを持たせる作品。
ただ、未来志向で教育が大切と、語り始めている人たちがいるのが救いだ。

ところで、難民映画祭でこの映画が上映された際、特別ゲストとして元日本代表の北沢豪氏がいらした。


この写真では例の長髪がわかるだけだな。
彼の感想は
・ルワンダの選手は結構サッカーは上手い。やはりアフリカ特有の身体能力の高さを持つ。
・同じチームに親を殺したかもしれない人たち(の子ども)がいたら複雑であろう。
・日本の選手が日本代表として「日本のためにプレイしよう」と思うように、ルワンダの選手たちが「ルワンダという国のためにプレイしよう」という気になっているのかと言うとちょっと疑問。
・やはりサッカーをして教育に繋げなければならない。
概ねこんなことではなかったかと。

「FCルワンダ」
難民映画祭にて。

面白い映画とはお世辞にも言えないが、フットボール映画祭等で上映する価値がある。

2014年2月10日月曜日

古豪ポーランドの輝かしき日々

大雪の中、横浜まで観に行ったポーランドのドキュメンタリー"Mundial. Gra o wszystko"
直訳すると「ワールドカップ 全試合」となる。
このMundialというスペイン語から借用された単語のようだが、仮にロシア語のМундиальと同じであれば1982年スペイン大会以降に使われるようになった、というより、1982年スペイン大会そのものを指すといってもよさそう。
少なくともこの映画の内容は、1982年スペイン大会におけるポーランド代表の全試合のレポートであり、加えて時節柄というか、当時自主管理労働組合「連帯」で盛り上がるポーランド国内の世相をもレトロスペクティヴしました、というもの。
ヨコハマ・フットボール映画祭での邦題は「クレムリンに立ち向かった男たち ポーランド代表 ベスト4の真実」となっていて、“まーたソ連(ロシア)が悪役?”と世のロシア好きの皆さんにとってはうんざりな様相を感じさせるけれど、実際にはそんなに«反ソ決死隊»な映画ではなく、ソ連もポーランドの対戦国の一つとして登場するにすぎないので安心してご覧くださいませ。

で、真面目なドキュメンタリーではあるのだけれど(目新しいところではETVで使っているようなへヘタウマなアニメーションが添えられている、効果的なのかどうか微妙)、ポーランド国民には自明のことでも、数十年後の外国人たる日本人が鑑賞すると、基礎知識不足が露呈してきてしまうので、相当想像力を駆使しないといけないのが辛いところ。

基礎知識1:当時のポーランドサッカーは強かった!
基礎知識2:自主管理労働組合「連帯」誕生は世界的に注目されていた!
基礎知識3:当時、ポーランドとソ連はワルシャワ条約機構で結ばれていたけれど、ソ連は常に兄貴面をし、ポーランド人の多くは反感を持っていた。
基礎知識4:当時のローマ教皇はポーランド人であった。

基礎知識1でいえば、試合映像を観るとほんとに素晴らしい。
快足Grzegorz Lato ラト、悪童だったらしいZbigniew Boniekボニエク、そしてスモラレク・パパ。
スモラレク、大活躍である。膠着した試合の突破口となる先制点、コーナー近くでの驚異のボールキープ、溜息ものである。
(エンド・クレジットでスモラレク・パパだけ四角囲みになっていた。故人になっているのは彼だけなのか?何とも惜しまれる早逝だった。制作当時には存命だったので、貴重な彼のインタビューもあり。)

基礎知識2の自主管理労働組合「連帯」絡みで言えば、ポーランドでは言わずもがななのかもしれないが、もはや歴史となってしまった事項について説明抜きにはわかりにくい点も出てくる。
最初に処分されそうになったGK、スター選手ボニエクが「彼を使わないなら我々選手たちも出ない」と言い張ったおかげでことなきをえた(2010年ワールドカップ予選最終盤のドイツ戦を前にして、ゼニットサポーターともめたブィストロフ及び彼を支援したロシア代表のことを思い出した)のだが、そもそも何故このGKは一時所在不明になっていたのだ?
ここに政治的理由でもあるのか?は、遂に説明されなかった。

選手たちは(当然ながら)ことさらに政治的な行動をしているわけではない。
むしろそういう観られ方を外からされるのを意識的に避けていたと言えよう。
いわゆるポーランド気質として悲劇のヒーローになりたがる、みたいなところはやはりあったが、一方ボニエクは「ソ連選手だって大変でしょ」と慮ってもいた。
(実際大変だったと思われる。このときポーランド代表が対戦したソ連代表にはバロンドールを獲得したオレグ・ブロヒンがいた。)

また、「連帯」はといえば、ワールドカップ開催時に獄中にあった人たちはTV観戦の要求をする(まあそれは権利として要求するのは、南アなんかでも出てくるエピソードだ)が、特にサッカーファンでもない人は全く熱心ではなく、むしろそんなことで当局にまるめこまれたくないという立場だし、本音は隣で観戦されるのも嫌という人もいるので、「ワールドカップを観ないで済む権利」まできちんと保障していたら完璧だったと思うが。

レトロなロック調の曲が数曲使用されていて、予選・本戦でそれぞれ応援歌が作られていたこと、恐らくはポーランドのファンたちによって口ずさまれていたのだろうことが伺われて、改めて、このときのポーランドは世界的強豪であったことに思いをはせる。

フットボール映画祭でよりも、ポーランド映画祭で観たい映画だった。(←ワイダの旧作上映はもういいから、お願いしますよ、実行委員会の方々!!)

"Mundial. Gra o wszystko"
(公式サイト)



2013年10月14日月曜日

美しく勝つブラジル

原題("Santos, 100 anos de futebol arte")からわかるように、サントスFC創立100年を記念した作られたドキュメンタリー映画。

サントスの試合の映像に関しては、「眼福」の一語に尽きる。
中でも感動的だったのがスーパーセーヴ連発のGK(ホドルフォ?)
「もう一度やれと言われても無理」と当人。(当然だ。)
あとは、ペレの1000ゴール達成試合。
試合半ばでPKを得ると、その時点でゴール裏にはプレスが詰め、ファンも集まってきて、その次に起こることが容易に想像できるような様相を既にしている。
果たしてペレがPKを成功させ無事1000ゴールめを決めると、大いなるお約束としてゴール裏の人々がピッチになだれこんで同僚選手もろともペレを祝福する。
試合?
そんなもの、もうそっちのけである。

TV解説者も「この際ルールなんてどうでもいいでしょう」などとのたまっている。

この前のセルビアの親善試合で、引退記念のスタンコヴィチが途中交代した際に完全に試合が中断してセレモニー化していたのを、あれれと思ったのだけれど、「東欧のブラジル」からすると、「試合?そんなもの、もうそっちのけ」「この際ルールなんてどうでもいいでしょう」という論理になっていたのだろう、と簡単に納得してしまった。

ただ、この映画、基本的には試合映像と関係者インタビューを交互に見せるという、ドキュメンタリーフィルムとしてはいたってオーソドックスな手法で、しかも特に選手のインタビューは(以前観た「フッチボール・ブラジル」でも感じたことだが)割とありきたりだ。
加えてこちらは早朝にルクセンブルク対ロシアの試合を観ていたものだから、時おりふ~っと眠気に襲われた。だからところどころ少々記憶が怪しい。もう一度観ないと。

それから、100年記念ドキュメントと言っても、映像・画像の記録が残っている後半の歴史(ペレ以降)に集中しているのはいたしかたないことだが、やはり肩すかし感は否めない。

不思議だったのは、「サントスのファンは他のクラブより少ないが、ファン自身はそれを決して認めようとしない」というジャーナリストの言葉で、私にしてみればブラジルのクラブと言えばまずサントスFCの名が思い浮かぶほどだったので、ファンが少ないことは意外、自身が認めない点は当然だと思った。

それから、率直に言って、元選手たちのインタビューって、どうしてこんなにおもしろくないのだろう?
自慢めいてばっかりで。
インタビュアーの手腕によるところが大きいと思うが、ブラジル人の気質から言うと、あんなの自慢に入らないから気にならない、のだろうか?
もしかしたら、来年以降のブラジル映画祭でもサッカーのドキュメンタリー映画作品がやってくることがあるかもしれないが、謙虚な人を観たいな。

サントス〜美しきブラジリアン・サッカー〜

ブラジル映画祭2013にて


選手たちインタビューでネイマールも応対していた(優等生的)。
でも周知のとおり直後にどこぞのクラブに移籍してしまいました。

2013年8月23日金曜日

サッカー遺伝子ありやなしや

ダヴィッド・ウォズニアック。
名前から推測できたが、前教皇(鑑賞当時。今は前々になってしまった)のポートレートが家に飾られ、熱心なカトリック教徒の家庭で、つまり彼はポーランド系移民2世。

カナダではそんなにサッカーは人気スポーツではないかもしれないが、ダヴィッドはチームのグッズを常に身につけたり配したりとなかなかのサッカーファンであることをうかがわせる。

過去に行った精子提供によって、遺伝子上533人の子どもがいることが発覚。
40代ながらまだ親に甘えているダメンズのダヴィッドは当然焦る。
最初はしらを切ろうとする。
が、遺伝子上の子どもたちの出世頭が地元サッカーチーム(主人公はこのチームの熱心なファン)のエースストライカーで、こっそり観戦しに行くと大活躍!
とはいえこの子はその後ストーリーに全く絡んでこないのが残念。
もう一人ピアスの引きこもりっこ、この子だけが主人公が父親であることを突き止めて押しかけてくるのだけれど、ダヴィッドがサッカー指南をしてみると、これが下手で下手で。
という具合の展開なのだった。

ダヴィドにはサッカーの才能があったのだろうか?
サッカー好きの遺伝子はあるのだろうけど。

「人生、ブラボー!」
ケン・スコット監督カナダ2011年